第94話 六花の集い(中)

「ま、まさかシュバルツ殿下が王位簒奪を狙っていただなんて……」


 琥珀宮の一室にて、突如として開催された奇妙な茶会。

 そこでシュバルツは六人の女性に自分が置かれている状況について、目指すべき頂、野望について説明した。

 ここにいるメンツで知っている情報、知らない情報が異なっている。話を整理するためにも一から話をすることにしたのである。


 最初に語られた話は、五年前、シュバルツが追放同然に王宮を去ってからクロハと出会うまでの経緯だった。

 上級妃らとユリウスは顔見知りであったが……『夜啼鳥』のクロハはユリウス以外とほぼ初対面。そのくせ、クロハはアンバーを除いた女性達のスリーサイズまで把握しているというのだから恐ろしい状況である。


『夜啼鳥』のメンバーとして義賊の活動をしていたことについて語ったら、次は後宮に戻ってきた理由について。

 ヴァイスの替え玉になるべく連れ戻されたこと、それを利用してヴァイスが座るはずだった玉座を奪おうとしていることについて。

 そして……そのために四人の上級妃を手に入れようとしていることについても話をする。

 今さら隠すことではないのだが、三人の上級妃を掌中に収めた時のエピソード……主に房事の内容まで詮索されてしまったのは流石のシュバルツも参ってしまった。


「なるほどなあ、シンラはんもえらい情熱的やなあ。最初に抱かれたのが野っぱらとか、獣みたいやないの」


「そうか? それほど悪くはなかったぞ。ねやで抱かれるのも嫌いではないが……誰が見ているかわからない屋外も、なかなかに昂る」


「ん……お外、良い」


「あらあら、紅玉妃さんも翡翠妃さんも乙な趣味をしているわねえ。ウチの店の娘だったら、将来有望で良いのだけど」


「隠密のクロハはんと言ったなあ。アンタが一番、旦那はんに抱かれてるやないの。特殊なプレイとかもしてるんとちゃう?」


「ん、興味ある」


「そうねえ……『ローション』ってわかるかしら? 錬金術で作った特殊な薬品なのだけど、ヌルヌルとした感触が意外と心地良くてお勧めよ」


 シュバルツと肉体関係を持っている女性……上級妃のうち三人とクロハは何故か意気投合していた。

 残る上級妃であるアンバーはニコニコとした笑顔で話を聞いているが、目元はまったく笑っていない。どことなく不機嫌そうな空気が伝わってくる。


「シュバルツ殿下……貴方は、最初から国王陛下を裏切っていたんですか……何と言うことだ!」


 ユリウスは話の途中から正座をやめて、立ち上がっていた。

 申し訳なさそうな顔が引っ込み、代わりに幼い顔立ちに浮かんでいるのは怒りの感情である。

 シュバルツは最初からユリウスのことも、国王グラオス・ウッドロウのことも騙しており、彼らを出し抜くべく上級妃らに手を出していた。

 これは明白な反逆行為。ウッドロウ王国に対する謀反である。


「そうだな。騙していたことには謝罪しよう。だが……俺は間違っていたか?」


「そんなの……!」


「そんなの決まっている? だったら……俺は黙って殺されたら良かったのか? 利用されるだけ利用されて、排除された方が正しかったのか?」


「殺されるだなんて……えっと、どういう意味ですか?」


「聞いた通りの意味だよ。俺は殺されそうになっただろう、お前だって意図せず暗殺に加担したじゃないか」


「…………!」


 ユリウスが目を見開いて肩を震わせる。

 もちろん、そこまで予想していたわけではなかったが……シュバルツの行動は結果的に正解だった。

 ヴァイスの帰還がわかった途端、母親であるヴァイオレット・ウッドロウがシュバルツを亡き者にするべく暗殺者を放ってきた。目的は間違いなく口封じだろう。

 仮にシュバルツが野心を抱くことなく、忠実にヴァイスの身代わりを務めていたとしても変わらなかったはず。

 用済みになったシュバルツは命を奪われていたに違いない。


「つまり……最初から俺に道は一つしかなかった。生き残るために、消耗品として使い潰されて終わらないために、ヴァイスと王妃に立ち向かうしかなかったんだ。親父が何処まで暗殺に加担しているかは知らないがな」


 出来ることなら、父親グラオス・ウッドロウは無関係であると信じたいが……それはあまりにもか細い希望である。


(王妃の暴走にまるで気がつかないような無能ではない。とはいえ、積極的に関わっている様子でもない。国王までもが全力で俺を消しにきたのであれば、とうに終わっていたな)


 国王がシュバルツを排除しようとしているのであれば、暗殺だけでなく騎士団を動かすという手段も取ることができる。

 シュバルツは抵抗することもできず、捕縛されて闇に葬られていただろう。


「どちらにせよ……もう兄弟喧嘩は避けられない。あっちが先に剣を抜いてくれたんだ。こちらも心置きなく殺れる」


「そんな……!」


「それを踏まえて聞くが……ユリウス、お前はどっちにつくんだよ?」


「え……?」


 ユリウスが困惑した顔になる。

 どうやら、シュバルツに問われている意味を理解できていないようだ。


「良いか? 王妃は俺を殺すのにお前を洗脳して使ってきた。つまり、お前は王子暗殺の罪を被せられる可能性がある」


「…………!」


「王族殺しの罪は一族郎党にまで及ぶ。父親である騎士団長や家族、親戚も処刑台送りだ。俺が死んでいたらそうなっていた」


 ユリウスが愕然とした顔をする。

 信じたくはないだろう。自分が鉄砲玉として使い潰されようとしていただなんて。


「それを踏まえて聞くが……このままあっち側でいいのか? いつ、殺されるかもわからないのに。父親や一族すらも巻き添えになるかもしれないのに、王妃と同じ陣営にいてもいいのか? お前も口封じの対象に入っているかもしれないぞ?」


「僕は……」


 ユリウスが口を開くが……何も言葉を紡ぐことなく、再び沈黙した。

 どうやら、即決はできないようだ。命と人生がかかっているのだから当然といえば当然である。


「フム……」


 ユリウスを責めるつもりはなかったのだが、結果的に追い詰めてしまったようだ。ユリウスは思いつめたような表情でうつむいている。


「……まあ、どっちでもいいさ。好きな方を選べよ」


「…………」


「お前が向こうについたとしても、俺は責めない。好きにしておけ」


 シュバルツとしてはユリウスに含むところはない。

 ユリウスは利用されただけであり、むしろ彼女を騙していたのはシュバルツの方だ。責める筋合いなどなかった。


(ユリウスがどちらを選んだとしても良い。敵になるならば叩きのめすし、味方なら相応の扱いをしてやろう。愛人にして後宮に迎え入れてやってもいい)


「…………!」


 ユリウスがブルリと身体を震わせた。

 どうやら、シュバルツの邪念を悪寒として感じ取ったようだ。勘の良い子供である。


(胸も尻も出会った頃よりも育っているようだし……いっそ、敵になってくれた方が捕虜として可愛がってやれるかもな。尋問プレイも悪くないな)


 味方に付いたのであれば愛人として。

 敵に回ってしまったのであれば捕虜として。

 シュバルツの中では、ユリウスを抱くことはすでに決定事項となっている。

 もっとも厄介な男に目を付けられたことを察して、ユリウスは寒気を堪えて両腕で自分の身体を抱きしめているのであった。

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