第93話 六花の集い(上)
シュバルツとアンバーの奇妙な共同生活は一週間ほど延長された。
シュバルツはさっさと外に出たがったのだが、そのたびにアンバーが刃物を手にして自傷行為をしようとしたため、部屋に留まることを余儀なくされてしまったのだ。
(俺を刺しにくるのであれば、どうにでもできるんだが……自傷をされたら敵わないからな。捨て身の女がここまで恐ろしいとは思わなかったよ)
シュバルツは嘆息しつつ、琥珀宮の一室での生活を続けている。
身体を鍛え、剣を振り、ヴァイスの帰還に備えるシュバルツであったが……外に出ることはできずとも、客人と会うことは許可された。
「旦那はん! 大丈夫かあ!?」
「我が殿! しっかりしろ!」
「んうーっ……!」
シュバルツの寝室に三人の女性が飛び込んできた。
親しみ深い美女と美少女……後宮に君臨する上級妃、クレスタ・ローゼンハイド、シンラ・レン、ヤシュ・ドラグーンの三人である。
「うおっ!? お前ら、来たのか!?」
「ああ、もう! 刺されてまうなんて情けない! 旦那はんともあろう方が何をしてるんや!?」
「まったくだ……我が殿がらしくはない。それでも私に勝った男なのか?」
水晶妃であるクレスタ・ローゼンハイド、紅玉妃であるシンラ・レンが詰め寄って口々に言ってくる。
「ん……心配、したです」
翡翠妃であるヤシュ・ドラグーンはそっと傍らにやってきて、スリスリと身体を寄せてきた。白い角が脇腹に刺さって少し痛い。
「悪かった。心配をかけたな」
「ほんまや。まったく……思ったよりも元気そうで安心したわ」
「それで……我が殿よ、いったい誰にやられたのだ?」
三人がシュバルツの顔を覗き込んでくる。
状況が状況だ。説明しないわけにはいかない。シュバルツは何処から説明したものかと思案した。
「まあまあ、三人とも落ち着いてくださいな。まずは座ってお茶でも飲みましょう」
「アンバー……」
いつもの仮面のような笑顔を貼りつけたアンバーが扉から入ってくる。両手に盆を載せており、ティーポットとカップを運んできた。
さらに、彼女の後ろから二人の女性が顔を覗かせる。
「お前ら……」
「はあい、お元気かしら?」
「ううっ……シュバルツ殿下……」
新しく現れたのは、いずれも顔馴染みの女性である。
一人は『夜啼鳥』のリーダーである隠密の女怪――クロハ。娼館で着ている東国の民族衣装ではなく、隠密としての黒衣でもなく、侍女が着るような簡素なドレスを着ていた。
もう一人は驚くべきことに、シュバルツを刺して重傷を負わせた男装の騎士――ユリウスである。
気まずそうな顔で現れたユリウスは白のシャツと黒のズボンに身を包んでおり、唇を噛んで肩を震わせていた。
「クロハ、それにユリウスまで……」
「申し訳ございません。シュバルツ殿下っ!!!」
「うおっ!?」
ユリウスがシュバルツの前に滑り込むようにして土下座を決める。頭を床に打ちつけ、裂けた額から血が流れて床を汚す。
「御守りするべき王族の方を刺してしまうだなんて……なんという失態! いや、失態という言葉では済まされない。死んでお詫びいたしますので、どうか私の命だけでお許しくださいませ! 家族だけはお助けください!」
「あー……なるほどな。催眠は解けたわけか」
操られてシュバルツを刺したユリウスであったが、すでに正気に戻っているらしい。
シュバルツを刺してしまった罪悪感から、ユリウスの顔は限界まで青ざめており、放っておいたら自害してしまいそうなほどである。
「別に怒ってはないんだがな……」
シュバルツとしてはユリウスを責めるつもりはない。
あれは周到に仕組まれた罠だった。ユリウスがどうしたところで、避けることはできなかったと思っている。
どちらかと言えば、敵を見誤ったシュバルツ自信の責任だ。
(あれは油断が招いた失態。あの女……ヴァイオレット・ウッドロウの本気を見誤った。あそこまで徹底的に命を狙っていると予想できなかった俺のミスだ)
シュバルツはどうしたものかと考え込みながら、その場にいる人間の顔を順繰りに見やる。
水晶妃、紅玉妃、翡翠妃、琥珀妃の四人の上級妃。
隠密の義賊である『夜啼鳥』の女首領。
護衛にして、騎士団長の娘である男装の少女。
いずれもシュバルツと浅からぬ関係がある六人の女性であったが……彼らが一堂に会するのは、これが初めてのことである。
お互いに知らない情報も多い。迂闊に口を割るわけにはいかないのだが……。
「よろしいではありませんか。全てをお話すれば」
アンバーがティーポットを傾けてカップに紅茶を注ぎながら、そんなことを提案する。
「どうせヴァイス殿下が帰ってきたら、全てが明らかになってしまうのです。先にこの場にいる全員で情報共有をした方がよろしいのでは?」
「…………そうだな」
シュバルツが後宮の上級妃を攻略していたのは、帰ってきたヴァイスに立ち向かって対抗するためである。
そして、すでにその目的は達成されようとしていた。
水晶妃、紅玉妃、翡翠妃の三人の美姫はシュバルツの手に落ちている。
琥珀妃のアンバーだけはいまだに魔の手を逃れているが……何故だか、彼女はシュバルツに協力的な様子。
命を助けてくれた以上、少なくとも敵ではないだろう。
経緯はどうあれ……四人の上級妃を味方につけるという目的は達せられた。
(ならば、後は彼女達が俺についたことを明らかにして、親父とヴァイス、王妃に立ち向かうだけ……いよいよ、決戦というわけか)
「さあさあ。皆様、座ってくださいませ。それぞれの身の上話をいたしましょう。長い話になることでしょうから、お茶とお菓子を召し上がれ」
「気に入らんな……掌で踊らされている気分だ」
シュバルツは渋面になりながらも、アンバーに勧められるがままにテーブルに着いた。
クレスタ、シンラ、ヤシュが後に続いて椅子に腰かけ、クロハも特に躊躇することなく座る。ユリウスだけは「さあ、殺せ!」とばかりに床に正座して震えていた。
「ユリウスさん、貴女の席もありますわよ?」
「いえ……僕はここで結構です。ここに座らせてください。皆様と同じ席になんて座れません。許されるのならば固い地べたに座って、脚の上に石を積みたいくらいです……」
「どこの国の拷問だ……話ができないからやめておけ」
あくまでも恐縮しきった様子のユリウスにシュバルツは首を振った。
こうなった以上、シュバルツが「許す」と言ったところで態度は変わらないだろう。
(いっそのこと、何らかの罰を与えてやった方がいいか? きちんと裁いてやれば罪悪感も薄れるだろう)
どんな罰を与えてやろうか。
いっそのこと……ベッドに招いてやるのも良いかもしれない。
(コイツも出会った頃よりも女らしい身体つきになってきたからな。そろそろ、喰ってやっても良いかもしれないな)
出会った当初は幼児体型で色気に欠けていたユリウスであったが、最近になって徐々に体型が丸みを帯びていた。
太ったというわけではない。胸や尻に肉がついて女らしくなってきたのである。
(小まめに揉んでやった成果が出てきたか……殺そうとした罰であれば嫌とは言わないだろう。俺が育ててやった果実を収穫する時がきたわけか)
「しゅ、シュバルツ殿下……?」
無言で見つめられて、ユリウスが気まずそうに身体をよじる。
シュバルツは内心の邪念を悟られないように平静を装い、アンバーが淹れてくれた紅茶に口をつけた。
「何でもない。そんなに正座がしたいのならそうしていろ。それよりも……話をはじめよう。さて、どこから話したものかな?」
「フフッ……楽しいお茶会になりそうですこと。まずはシュバルツ殿下が後宮に戻ってきた経緯からお聞きしましょうか」
「フン……いいだろう。話してやるよ」
アンバーに水を向けられて、シュバルツが数ヵ月前までさかのぼって話を切り出す。
後宮に戻ってくるまでの経緯。戻ってきた目的。
上級妃らを口説き、落とした過程について。
そして……目指すべき頂。果たすべき野望について。
六人の美姫。六つの花に囲まれて……シュバルツは淡々とした口調で、己の内心を語るのであった。
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