第88話 傀儡
「チッ……やられたな」
刺された腹部を手で押さえながら、シュバルツは呻いた。
棒立ちになっているユリウスの顔をよくよく観察してみると……まるで人形のように表情が抜け落ちている。
日頃、セクハラをされている恨みを込めて……というわけではないだろう。明らかに今のユリウスの様子はおかしかった。
「操られているのか……催眠、あるいは洗脳か?」
「…………」
ユリウスは答えない。ただ突っ立っているだけだった。
相手の心を操る魔法、あるいは薬物やマジックアイテムは存在する。
シュバルツの上司にして愛人であるクロハがまさにそういう手練手管を得意としており、耐性のない男であれば数秒見つめただけで『魅了』して操作することができるのだ。
「洗脳したのは……あの男か?」
シュバルツは倒れている男に目を向けた。
裏社会で培った長年の勘でわかることだが、確実に絶命している。
「死ぬ前に何かをされたのか、あるいは……死が発動条件となる魔法でも使ったのか?」
死後に効力を生じる魔法はいわゆる『呪い』と呼ばれている。
使用できる人間は少ないものの、己の命を引き換えにして発動させるだけあって、通常の魔法よりも強い効果があるという。
「死後に相手を操る魔法……殺意の
「シュバルツ、でん、か……にげて……」
「…………!」
ユリウスが顔を上げてシュバルツを見る。
瞳から涙の筋が垂れ……そのまま地面を蹴り、襲いかかってきた。
「チッ……」
腹部の怪我は浅くない。
運良く急所は外れていたが、放置しておけば失血死してしまう。
痛みを庇って反射的に筋肉が収縮しているため、動きにも支障が出ることだろう。
「とはいえ……女に刺されて死ぬほど
「ッ……!?」
胸を刺しにきたユリウスの腕を取り、そのまま背中に回して極める。
「うー! うー!」
「コラ、抵抗するな! 大人しくしろ!」
ユリウスはナイフを落として身動きを封じられるが、それでも暴れ続けている。
すごい力だ。操られていることで限界を超えた腕力を出しているようだ。
「ぐううううううううっ!」
「クッ……!」
ゴキリと鈍い音が鳴る。
ユリウスが極められた方の肩を脱臼させ、強引に拘束から逃れた。
顔は苦痛に歪んでいるが……洗脳が解ける様子はない。シュバルツの顔に向かって拳を振るってくる。
「面倒な……!」
拳を躱しながら、シュバルツはうめく。
自分から肩を脱臼させるだなんて、よほど強い術にかけられているに違いない。痛みでも解けなかったことからも洗脳の深さが窺い知れる。
(ここまで強く術にかかっているとなると、気絶させるのも難しいかもしれないな……)
気を失ってもなお起き上がり、シュバルツめがけて襲いかかってくるかもしれない。
そうなると、止める手段は限られてくる。手足を折って立ち上がれなくするか、縄でグルグル巻きにして関節を外すことすらできなくするか。
(あるいは……殺してしまうか)
正直、それが一番手っ取り早い手段である。
シュバルツほどの武芸者であれば、手負いの身であったとしてもユリウスを斬殺するのは容易いこと。
問題は、その手段をシュバルツが取りたくないという心の問題である。
(かつての俺であったら、刃を向けてきたら仲間だろうと友人だろうと斬り捨てることができたかもしれないな……)
「あー! あー!」
シュバルツは苦々しく思いながら、喚きながら殴ってくるユリウスの攻撃を避ける。
王宮に戻ってくる以前のシュバルツはもっと冷酷だった。相手を殺害することに躊躇はなかった。それが顔見知りであったとしても。
だが……王宮に戻ってきて後宮の上級妃らを味方につけていき、守るものが増えたことで
(女ができて日和見になるとは情けない。とはいえ……)
「日和ったからって弱くなったわけじゃねえんだよ! 舐めるな!」
シュバルツはユリウスの脱臼していない方の腕を掴み、再び拘束を試みる。
「あー!」
腕を取られるユリウスであったが、今度は脚で抵抗しようとする。
シュバルツが股間を蹴りつけようとする脚を踏みつけて封じると、今度は野犬のように肩を噛みつこうとしてきた。
「好都合だ!」
シュバルツは噛みついてきたユリウスの顎を掴むと……何を思ったか、ユリウスの唇に自分の唇を重ねた。
「んーッ!?」
予想外の抵抗にユリウスが暴れるが、もちろん逃がさない。
顎関節を掴んで強引に口を開かせ、舌を無理やり口内に差し込んだ。
(魔法による洗脳を解く方法は二つ。術者に術を解かせるか、洗脳を上回る精神的な打撃を与えてやること)
前者はすでに術者が死亡しているため不可能だ。
となれば後者だが……腕が脱臼してもなお洗脳が解けないことから、痛みによって解除することはできないだろう。
「んー! んー! んー!!?」
(痛みが無理となると、もうこれしかないだろう。コイツにとっての弱点だしな)
ユリウスは男女の営みに関する免疫がまるでない。
シュバルツにセクハラされるたび、錯乱して「ギャーギャー」と叫んでいた。
(騎士だから痛みには耐性があるんだろうな……こっちも命がかかっている徹底的にやらせてもらうぞ)
「んーっ!?」
シュバルツはユリウスの口内を舌で蹂躙しながら、幼さの残る身体に食指を伸ばす。
騎士の制服をはだけさせて胸元のサラシを解く。控えめなサイズの膨らみを掌で弄んで、反対の手をズボンの中に差し込んだ。
「んぐうううううううううううううっ!??」
他人に触れられてはいけない部位に触れると……ユリウスの抵抗が弱まり、代わりにビクビクと身体を跳ねさせる。
どうやら、効果があったようだ。シュバルツはそのままユリウスの急所をひたすら責め続けた。
「ん……んうううううううううううううううううっ!!!?????」
「お……?」
ユリウスが身体をのけぞらせて……そのままガクリと脱力する。
シュバルツが拘束を解くと、へたり込むようにして地面に倒れてしまった。
「ハッ……俺の勝ちだ。ざまあみやがれ」
おそらく、これで洗脳も解けているだろう。
操られている間の記憶が残っているかは不明。覚えていたとしたら、それはそれで刺されてしまう可能性があるが。
「勝った……が、負けたか」
シュバルツは肩をすくめて笑い、そのまま両膝をついた。
「あー……遊びすぎたか。血が足りねえ」
手で押さえて止血はしているが……それを上回る量の血を流していた。
頭がクラクラする。意識が遠のいていく。
(このまま死ぬのか……この俺が、冗談だろう?)
シュバルツは心の中で自嘲して、そのまま前のめりになって倒れたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます