第87話 不意打ち


「フッ!」


 刺客の一人、陰鬱そうな顔をした男に向けて斬りかかる。


「魔法も使えぬ剣士ごときが近寄るな……エア・シールド」


 男が手を前にかざすと、そこに青白いシールドが出現した。

 剣がシールドに命中して弾かれる。まるで金属にぶつかったような感触であった。


「エア・スラッシュ」


「ッ……!」


 続いて、魔力の弾丸が放たれる。

 シュバルツは顔面に向かってくる弾丸を首の動きだけで回避した。


「魔法で防ぎ、魔法で攻撃する……典型的な魔法使いだな」


 陰鬱そうな顔立ちの刺客はナイフの一本すら持っていない。シンラのように武術と魔法を併用して使っているのではなく、純粋な魔法使いのようだ。

 魔力至上主義を掲げている魔法使いの中には、時々、武器を手にすることを恥と考えるタイプがいる。おそらく、この刺客もそういう手合いなのだろう。


「エア・ソーン」


「チッ……!」


 虚空に出現した魔力の槍がシュバルツめがけて飛んでくる。その数は十本。バックステップで後退したシュバルツの足元に次々と槍が突き刺さる。


「フレア・バースト」


「…………!」


 間髪入れずに炎の魔法が放たれた。

 シュバルツが横に飛ぶと同時に火柱が生じる。わずかでも回避が遅ければ炎に包まれていたことだろう。


「速い……武器を持ってないのも伊達じゃないってわけか」


 男の魔法は発動スピードが恐ろしく速い。使える魔法の種類も多彩だ。

 驕りで武器を身に着けていないのではなく、純粋に魔法だけで相手を殺すことができる自信があるのだろう。


「『魔力無し』にはできぬ戦い方だろう? 剣の腕はたつと聞いているが……武器など、魔法という叡智の力を与えられなかった下等なともがらが持つ者だ」


「へえ……言ってくれるじゃないか。そういう魔法馬鹿を引きずり落として踏みつけてやるのが、俺の生きがいなんだけどな」


「ならば掻い潜ってみるがいい……サウザンド・ソーン!」


 刺客の周りに無数の槍が出現した。

 一斉に放たれた魔力の槍がシュバルツめがけて襲いかかってくる。


イイイイイイイイイイッ!」


 シュバルツは飛んでくる槍を躱し、避けきれなかったものを剣で叩き落す。

 どれほどの集中力と動体視力があればそんなことが可能なのか……数十、数百、それ以上の攻撃を最小限の動きで捌いていく。

 その神業じみた芸当は剣士や戦士を見下している刺客でさえ、目を剥くものだった。


「何と……!」


「驚くのはこれからだ!」


 攻撃を捌きながら、シュバルツは弧を描くように道を駆けていく。

 再び刺客に接近して、走り抜けざまに剣を振る。


アッ!」


「無駄だ……エア・シールド!」


 渾身の反撃はまたしても魔法の盾によって受け止められてしまう。

 だが……シュバルツの攻撃はまだ終わってはいなかった。


アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「ぬうっ……!?」


 シュバルツは縦横無尽に刺客の周囲を飛びまわりながら、幾度も相手を斬りつける。

 刺客は魔法の盾で攻撃を防ごうとするが、目にも止まらぬ速さで移動を続けるシュバルツの動きを捉えることができず、表情を歪めた。


「クッ……こんな小細工で勝ったつもりか!?」


 刺客が四方八方にバリアーを張り巡らせる。

 同時に十数枚の盾を出現させ、隙間なく全身を防御した。


堅忍不抜パーフェクト・ガード!」


「御大層な魔法だ……名前負けしてなければいいがな!」


 シュバルツが高速移動の勢いのまま、刺客に向けて刺突を放った。

 まっすぐ射貫くような突きが刺客の喉元めがけて繰り出されるが……やはりバリアーによって阻まれる。

 渾身の刺突はわずか数ミリほど魔力の防壁を削って突き刺さり、そこで停止してしまった。


「無駄なことを……!」


「無駄かどうかは最期まで見てからにしておけよ!」


「なっ……!」


 シュバルツが魔力のバリアーに突き刺さった剣の柄を蹴りつける。思いきり、押し込むように。


「フッ! フッ! フッ! フッ! フッ!」


 何度も何度も柄を蹴りつけたことにより、剣の切っ先が徐々にバリアーに突き刺さっていく。まるで釘に金槌を打ちつけたように。


「グッ……この魔力無しの下等人種が! そんな原始的なやり方でこの私を……!」


「倒すことはできないって? だったら、反撃して見ろよ!」


「…………!」


「出来ないよな。防壁を解いたら終わりだもんな」


 刺客は固い魔力のバリアーで全身を覆っている。

 いくら相手が優れた魔法使いであったとしても、この状態から反撃を繰り出すことはできない。

 別の魔法を使うためにはバリアーを解除する必要があるが、解いた瞬間にシュバルツの剣に刺し貫かれることだろう。


「クソッ! やめろ! 貴様ごときにこの私があああああああああっ!」


五月蠅うるせえ。さっさと死ね」


「グウッ!?」


 シュバルツがさらに剣の柄を蹴って押し込むと……いよいよ切っ先がバリアーを貫通し、刺客の額に突き刺さった。


「や、やめ……」


「やめるわけがねえだろうが……ナイフの一本でも持っていれば、剣を受け止めることもできただろに。魔法の力を妄信したな」


「ッ……!」


 男が声にならない悲鳴を上げると同時に、シュバルツが最後の一撃をブチ込んだ。

 押し込まれた剣が刺客の頭蓋骨を貫き、脳にまで達した。


「お……?」


 男が倒れ、バリアーが解除される。

 倒れた刺客は完全に絶命していた。シュバルツは男の頭部を踏みつけ、剣を引き抜く。


「さて、こっちは片付いた。ユリウスの方は……お?」


 振り返ってユリウスの方に目を向けると……そちらもすでに戦いは終わっていた。


「グ……ゲ……」


「…………」


 もう一人の刺客が倒れている。背中にはユリウスの細剣が突き刺さっていた。

 倒れた刺客の傍らにユリウスが立っている。どうやら、ユリウスが刺客を倒して勝利したようだ。


「へえ……時間稼ぎができれば上出来だと思っていたが、どうやら勝利したようだな」


 シュバルツは意外そうに頷いて、背を向けて立っているユリウスの下へと歩み寄る。


「…………」


「怪我は無さそうだが……どうした?」


 無言で立っているユリウスを不審に思い、シュバルツはその顔を覗き込もうとする。

 しかし……その腹部を衝撃が襲う。


「グッ……!」


「…………」


 咄嗟にユリウスを突き飛ばすが……すでに遅い。

 シュバルツの腹部から鮮血が流れ落ちる。


「ユリウス……テメエ……!」


「…………」


 虚ろな表情のユリウスの右手には短剣が握られている。

 刃についたシュバルツの血がポタリと落ちて、地面に小さなシミを作った。

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