第78話 最後の標的
「まあ、私の留守中にそんなことがあったのですね。驚きですわ」
「……他人事で語ることができて何よりだよ。心の底から羨ましいぜ」
長い戦い、紆余曲折の果てにヤシュ・ドラグーンを掌中に収めた数日後。
シュバルツはしばらくぶりに『夜啼鳥』のクロハと顔を合わせていた。
幹部メンバーを引き連れて重要な任務とやらに赴いていた彼女は、翡翠妃攻略にはほぼ関わっていない。
ヤシュの竜化からはじまる騒動にも巻き込まれることはなく……言い方を変えれば、まったくの役立たずだった。
「怒らないで頂戴。私の仕事はあくまでも義賊である『夜啼鳥』の活動がメインなのだから。可愛い恋人のサポートはボランティアでしていることよ」
「裏で悪巧みをしているくせに何が慈善事業だよ。油断も隙もない女め。それで……いったい、どんな任務で留守にしていたんだよ」
「うーん……それはいくら貴方でも教えられないわねえ。幹部メンバーにも詳細は話していないし……まあ、国外にいる古いお得意さんからの特別な依頼ということかしら?」
「フン、そうかよ」
クロハが「言わない」と言っているのならば、たとえ手足を斬り落としたところで口を割ることはないだろう。
シュバルツは早々にこの話題を切り上げ、本題へと移る。
「そういうわけで、『翡翠妃』――ヤシュ・ドラグーンを手に入れることに成功した。おかげで親父への貸しが上乗せできた。これからはいっそうのサポートを頼むぞ」
誘拐されていたヤシュ・ドラグーンを救い出したことにより、宮廷内部におけるシュバルツの影響力は増していた。
本来、シュバルツはあくまでもヴァイスの代理である。
ヴァイスが帰ってきたら適当な領地を与えられて王都から追いやられるはずだった。
しかし、シュバルツが独力でヤシュ救出に成功したことで状況は変わっている。
そもそも、ヤシュが後宮から何者かに拉致されたことは何としてでも秘匿したいことなのだ。
もしも自国の姫を奪われてしまったことがヤシュの出身国である亜人連合にバレてしまえば、国際問題に発展してしまう。
ただでさえ、亜人連合とウッドロウ王国は百年前まで戦争していたのだ。新たな火種を作るわけにはいかなかった。
実際にはヤシュを利用してヴァイス暗殺を企んだ亜人連合に非があるのだが……証拠はなく、シュバルツも報告していない。
シュバルツが父王に報告した筋書きでは……ヤシュはとある犯罪結社によって誘拐され、誘拐犯から王太子ヴァイスのところに呼び出しがかかった。
呼び出しを受けたヴァイスは単独で犯罪結社のアジトへと乗り込み、人質になっていたヤシュを救出した。
多勢に無勢により犯罪結社は取り逃してしまったが……亜人連合との衝突は避けられたことになる。
単独でヤシュを救出したシュバルツは、父王から勝手な行動を咎められることになるが……同時に手柄を立てたことへの褒美を与えられた。
口止め料としていくつかの譲歩も勝ち取ったことだし、仮に双子の弟が宮廷に戻ってきたとしても、早々に王宮を追われることはないだろう。
「ヤシュも無事に後宮に戻ることができたしな。まあ、処女であるかどうかを確認されたときには焦ったが」
シュバルツは苦笑いをする。
ヤシュが後宮に戻ってきた際、女官長によって処女膜の有無を確認されてしまったのだ。
誘拐犯に身体を汚されていないかの確認だったのだが……あの霊山で身体を重ねていたシュバルツはかなり焦らされたものである。
女官長による検査の結果、ヤシュは無事に処女であることが確認されて後宮に返り咲くことになった。
「獣人は人間よりも治癒力が高くて、竜人族は特にその傾向が強いようだ。まさか処女の証まで治癒するとは思わなかった」
「翡翠妃ちゃんも驚いたでしょうね。フフッ……抱くたびに処女だなんて素敵じゃない。殿方の夢のような方ですわね」
「……言っておくが、男がみんなユニコーンだと思っているのなら、それは女側の偏見だからな?」
シュバルツは憮然として腕を組み、「だが……」と唇を釣り上げる。
「これで三人。『琥珀妃』以外の上級妃を全員、俺のものにすることができた。後宮を征服するという目的もあと一歩だな」
ヤシュにもシュバルツが王太子であるヴァイス・ウッドロウの代理であり、本物ではないことを告げている。
王太子妃になるべく嫁いだはずが偽物だった。そんな衝撃的な事実を聞かされながら、特にヤシュは気にしたことなくシュバルツに寄り添ってきた。
『私、シュバルツ殿下のお嫁さん、だから。問題ない』
ヤシュはそんなことを言って、愛らしく翡翠色の頭をすり寄せてきたものである。
「フフッ……貴方がこの国の王になるのもあと一歩ということね。それまで本物の王太子様が帰ってこないと良いのだけど」
近衛兵によって編成された捜索隊は少しずつではあるが、着実に行方不明の王太子に近づいている。
ようやくヴァイスがとある小国にいることを突き止めたらしく、あちらもあと一歩というところまで迫っていた。
「俺が後宮を掌握するのが早いか、ヴァイスが発見されて戻ってくるのが早いか……時間との戦いだな」
最後の上級妃――『琥珀妃』であるアンバー・イヴリーズはとんでもない難敵である。
後宮では中級妃を中心に多くの妃を味方につけており、そのくせシュバルツに対して寵を求めるようなことはしない。
これまで素っ気ない態度で翻弄され、時には苛烈な視線で睨みつけられることもあった。
そして……気になるのは、何故か彼女が渡してきた『竜神異説』という本が鍵となってヤシュを救い出すことができたのだ。
ある意味では恩人と言えなくもないのだが……まるで見透かされていたようで得体の知れない不気味さの方が勝ってしまう。
「敵は強敵。手の内もまるで見えない相手だが……それでも、今さら引くわけにはいかない。すでに賽は投げられた。やるべきことをやるだけさ」
「貴方の場合、『やる』というよりも『犯る』か『殺る』じゃないかしら?」
クロハがおかしそうに言って、シュバルツの肩に身体を寄せた。
三人の上級妃を篭絡し、残すは最後の一人。
大陸最大の宗教国家である神聖イヴリーズ帝国から送り込まれた『琥珀妃』――アンバー・イヴリーズ。
謎多き美女が最後の敵として、シュバルツの前に立ちふさがったのである。
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