第77話 墜ちた翡翠
シュバルツの腕に抱かれたヤシュがゆっくりと瞼を開く。
つぶらなアーモンド形の瞳。翡翠色の眼にシュバルツの顔が映し出される。
「……ヴァイス、さま?」
「正気に戻ったようだな。ヤシュ・ドラグーン」
あどけない顔で首を傾げてくるヤシュにシュバルツが安堵に肩を落とす。
ヤシュは頭の両側に白い角を生やしている以外は特に異常はない。身体のあちこちに瞳と同系色の鱗がついているが、これは竜人族が生まれ持った形質である。
「自分が置かれている状況は理解しているか? 記憶はどうだ? 竜になったことは覚えているか?」
「…………ん、覚えて、ます。ご迷惑……おかけいたしました」
ヤシュはシュバルツの腕の中で頭を下げる。
普段から通訳を介して会話をしているせいか、ヤシュの口調はたどたどしい。しかし、声は澄んでいて耳に心地良く響いてくる。
「あう……」
ヤシュは自分が一糸まとわぬ全裸であることに遅ればせながら気がつき、頬を染めてそっと両手で身体を隠す。
恥ずかしそうにしているが、それでもシュバルツの腕から逃げることはない。それどころか、緑のおかっぱ頭をシュバルツの胸にすり寄せたりしている。
人見知りの動物の餌付けに成功したような気分だ。シュバルツは妙に心が和むのを感じた。
「ごめん、なさい……ヴァイス殿下、襲いました。食べようとした。いかようにも罰は受ける。首を斬られても、平気……」
「おいおい……殺しちまったら命がけで救った意味がねえだろうが。罪滅ぼしがしたいのなら他の方法にしやがれ」
「口調、いつもと変わってる? ヴァイス殿下、です?」
「ああ……そうだったな。面倒臭え」
シュバルツはどう説明したものかと頭をかく。
話せば長くなる。山中で、おまけに片方が全裸の状態で話す内容ではあるまい。
「……詳しくは帰ってから説明するが、俺がお前の夫で間違いはないから安心しろ。とりあえず、俺のことはヴァイスじゃなくてシュバルツと呼べ。そっちが本名だ」
「シュバルツ、さま……似合って、ます。そっちのほうが……口調も、気に入りました」
「ありがとうよ。さて、これからのことだが……」
シュバルツは軽く周囲の森に視線を巡らせた。
滝を中心とした一帯は戦いによって……主にドラゴンが吐いたブレスによって、地形そのものが変わっている。
シンラの姿が見えないが……心配はしない。
森の中から剣戟の音が聞こえてくる。夜の森で意気揚々と魔物を斬るシンラの姿が目に浮かんでくるようだ。
「とりあえず……今晩はここに野営して夜明けと同時に麓に下りよう。アジトに戻って口裏を合わせてから後宮に戻るか。犯罪結社に攫われたところを俺が救い出したということにすれば、親父への貸しも増やせるだろうし……」
「…………」
「宮廷内での発言権だって増える。そうすれば、仮に愚弟が戻ってきても…………って、何をやってるんだよ、お前は」
「…………え?」
ヤシュが不思議そうな顔で瞬きをする。
ヤシュの細い指先がシュバルツの胸を撫でていた。
小麦色の指先がはだけた上着から内側へと侵入して、爪の先で乳首をいじくったりしている。
「……男の乳首を触って何が楽しいんだよ。変な気分になるだろうが」
「ふあっ……あ、その、えっと……ごめん、なさい。美味しそうで、つい……」
「美味しそうって……。お前、まだ竜化が解けていないのか? 俺を喰うつもりなのか?」
「いえ……そうじゃ、なくて……その……」
ヤシュは小さく握りこぶしを作って口元に当て、恥ずかしそうに目を逸らす。
「え、エッチな気分になった、です……どうしよ?」
「…………」
照れながらストレート過ぎる告白をされてしまった。
発言の過激さと初心な仕草がミスマッチで、そのギャップによってかえって興奮を掻き立てられる。
ゼロ距離からとんでもない攻撃を喰らってしまい、シュバルツはゴクリと唾を飲みこんだ。
「そうかよ……別に竜化が解けたからって性欲が消えるわけじゃないんだな」
ドラゴンにとっての交尾は雄を喰らい、血肉ごと精を体内に取り込むこと。
逆鱗を剥がしたことで竜化が解除されたヤシュであったが……シュバルツの子種を得ることを諦めたわけではなさそうだ。
捕食によって得られないのであれば、誘惑して、女として寵愛を求めるしかない。
どこまで計算でどこから天然かわからないが……非常にあざといやり方である。
「さすがに今晩のところは食うつもりはなかったんだ……俺もしんどいし、お前も疲れているだろうし。ここはいつ魔物が出てもおかしくはない魔境だからな。だが……据え膳に手招きされて、お預けができるような男じゃねえんだよ」
「あ……」
シュバルツは抱きかかえたままだったヤシュの身体を地面に寝かせた。
新月の夜で月の明かりはなかったが、マナによって発光する滝が十分な光源となっている。
かえって幻想的な雰囲気が生まれており、興奮の火に油を注ぐことはあっても鎮火することはない。
「やるぞ。誘ったのはお前だから後悔するなよ」
「ん……優しくしてください、です」
「…………!」
小首を傾げてお願いしてくるヤシュのあどけなさに最後の牙城を崩され、シュバルツは容赦なく褐色肌の身体に手を伸ばした。
未発達の身体に手を滑らせて、青い果実を口いっぱいに頬張った。
ヤシュ・ドラグーン。
御年五十を超える年上の少女は、竜の血族にふさわしい雄叫びのような嬌声を森に響かせるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます