第75話 翡翠色の竜(下)


 巨大な雷撃にドラゴンが呑み込まれる。

 いかに伝説の神獣として語られるドラゴンであっても、あの強烈極まりない一撃を喰らってタダで済むわけがない。


「どうやら……我が殿の勝利のようだな」


 息も絶え絶えにつぶやいたのは、ずっとドラゴンの注意を引いて戦っていたシンラ・レンである。

 シンラは身体のあちこちに傷を負っており、服も焼け焦げて台無しになっているが……致命傷にいたるほどの怪我はない。


「竜と切り結ぶことができるとは、本当にこの国に嫁いできて良かった…………む?」


 空からドラゴンが落ちてくる。

 ドシリと音を立てて墜落したドラゴンであったが……弱々しく手足と翼を動かしており、まだ息があるようだ。

 ひょっとしたら、あの雷撃で絶命している可能性も考えたのだが……大した生命力である。


「あとは我が殿に任せておいて問題ないな。私がやるべきことは……」


『グルルルルッ……』


「邪魔者の始末というところだろうか? どうやら、魔物が集まってきたらしい」


 戦いと血の匂いを嗅ぎつけたのか……霊山に住む魔物の一部が周囲に集まってきていた。

 シンラは刀を右手に下げたまま、藪から頭を出して唸り声をあげている狼を睨みつける。


「これから『おたのしみたいむ』とやらが始まるのだ。今さら現れておいて、横槍などは許さぬよ」


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


「私も邪魔にならぬように消えるとしよう。しばし、付き合ってもらうぞ!」


 シンラが狼に向かって斬りかかる。

 戦いが終わったはずの霊山で再び鮮血が飛び散った。



     〇          〇          〇



「良かった……うっかり殺してしまったかと思ったぞ」


 強力な魔法を放ち、ドラゴンを墜落させたシュバルツが滝から出てくる。

 少し離れた場所に落ちたドラゴンはちゃんと息があるようで、ジタバタと手足を動かしていた。

 手加減をする余裕がなかったとはいえ、殺してしまったかもしれないと焦っていたシュバルツは安堵に胸を撫で下ろす。


「うっ……!?」


 ドラゴンのところに歩いて行こうとするシュバルツであったが……足から力抜け、地面に片膝をつく。

 マナを吸収して無理やりの魔法使用。身体がはじけかねないレベルの無茶は身体に大きな負担になっていた。

 ひょっとしたら、このまま死ぬかもしれない。あるいは、この霊山に棲む魔物のように突然変異を起こしてしまう可能性もある。


「竜と相討ちならば上等か。ハッ、俺だってやればできるじゃねえか」


 シュバルツは苦笑した。

 『魔力無しの失格王子』などと揶揄されてきたシュバルツであったが、ヴァイスとの差は魔力量だけ。

 半分でも魔力さえあれば、天才ともてはやされた弟に負けることはないだろうと確信する。


(俺とアイツの差なんてその程度だ。いずれ、ちゃんと決着をつけてやる……)


「だが……その前に」


「クルルルル……」


 地面に仰向けに倒れているドラゴンに近づき、顎の下を確認する。


「あった……これが逆鱗か!」


 首の下に一枚だけ生えた逆さの鱗。逆鱗を見つけた。


「クルルルルルルルッ!」


 右手を伸ばして手をかけるとドラゴンがバンバンと尻尾で地面を叩く。

 構うことなく引っ張り、鱗を引き剥がした。


「キュイイイイイイイイイイイイイッ!」


「…………!」


 ドラゴンの口からこれまでとは違う鳴き声が漏れた。

 巨体がみるみるサイズを縮めていき、やがて一人の少女が宙に投げ出される。


「おっと……!」


 シュバルツが宙に投げ出された少女を受け止める。

 白い肌。小柄な体躯。緑色の髪に、そこから生えた二本の白い角。

 亜人連合から嫁いできた妃。翡翠妃――ヤシュ・ドラグーンである。


「でん、か……?」


 男の腕に抱かれたヤシュが、澄んだ鈴の音のような声でシュバルツの名を呼ばう。

 数えるほどしか見たことのない素顔。聞いたことのない声。


「手間をかけさせやがって……迎えにきたぞ」


 シュバルツはようやく安堵の息をつき、一糸まとわぬ少女の裸身を抱きしめたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る