第71話 霊山
エーテル山は地中に『霊脈』と呼ばれるエネルギーの川が流れている霊山である。
噴き出したエネルギーを浴びて魔物化した動植物が
シュバルツも一度は修行のために訪れたことがあるのだが……この山の内部で行われているのは、ひたすら厳しい自然との戦い。魔物と自然との生存競争。
未熟な者。十分な覚悟を持たない者であれば一晩だって生き残れない。魔物の餌になるか、食獣植物の養分になって終わりである。
「この山を舞台にした恋愛小説があるなんて寡聞にして知らなかったな……いったい、こんな殺伐とした場所にどんなラブロマンスを求めているんだか」
鬱蒼とした緑に覆われるエーテル山を見上げて、シュバルツはやれやれとばかりに肩をすくめる。
ヤシュを探すために
フードを深々とかぶって顔と髪を隠した彼女の名前はシンラ・レン。錬王朝の王女であり、『紅玉妃』の位を賜っている上級妃である。
「小説の内容についてはざっと調べたが……修行に来た男女の武芸者がこの山で戦い、剣を交わして斬り結んでいる中で愛情を抱いていくという話らしい。全然、ロマンチックじゃないと思うんだが……この話のどこが面白いんだろうな?」
「さて、私は無辺者ゆえ文学のことは知らぬよ。だが……戦いの中で想いが芽生えるということもあるだろう。屍山血河の中から愛情の花が咲いたのではないか?」
「どんな話だよ……って、俺達の関係もそんなもんか」
シュバルツとシンラも殺し合いの結果として恋人関係になった。存外、小説の登場人物を笑えない立場である。
「小説に登場する滝とやらは山の中腹にあったはずだ。俺も修行中は水を汲みに行っていたから、場所は覚えている。順調に進めば夜までにたどり着くことができるだろう」
「ほう、それならば問題はないな。簡単すぎて拍子抜けなくらいだ」
「『順調にいけば』……と言っただろう? 物事が万事、計画通りに進むことはあり得ない。霊山であるこの山でならなおさらにな」
言いながら……シュバルツは足元にあった石を拾って明後日の方角に投げつけた。
『ギャアッ!?』
投石が命中して、木の上から何かが地面に落下してきた。
何か……そう、『ナニカ』である。木から落ちてきたそれは透明で光を反射することなく、肉眼では非常に捕らえづらいものだったのだ。
「これは……?」
シンラが落ちたナニカに近づいて目を凝らしてみると……透明の鳥のようなものが地面の上で絶命していた。
注意してみれば鳥と周囲との間にわずかな違和感があるが、シュバルツが石を投げなければ気がつきもしなかっただろう。
「『ステルスレイブン』という名前の魔物だ。身体を透明にして獲物に近づき、隙を見て目をえぐったり、耳をちぎっていったりする。カラスらしく死肉でも漁っていればいいのに、生餌……それも人間の一部ばかりを好んで食べる厄介な魔物だ」
「……油断していた。ここはすでに魔境の一部ということだな?」
流石に無抵抗で身体を喰われることはなかっただろうが……シンラだけだったならば、攻撃を受ける直前までステルスレイブンに気がつかなかった。
シンラはパチンと自分の両頬を叩いて気合を入れ直し、瞳を闘志の炎で燃やす。
「ここから先、私に油断の二文字はない。何が出てきても必ず、この剣で両断してくれようぞ!」
「頼もしいことだ……そうでなければ、連れてきた甲斐がない」
「さあ、参ろうか。我が殿よ。心躍る魔境へと斬り込もう!」
「本来の目的を忘れないでくれよ……俺達は修行しに来たわけじゃないんだぜ? まったく……これだから戦闘狂の脳筋は困るな」
シュバルツは窘めながらも、先に入山したシンラの後を追っていったのである。
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