第32話 飛び級昇格


「ところで……バルトさん。よろしければですけど、ギルドランクの昇級試験を受けてみませんか?」


 冒険者ギルドへの加入試験を終えたシュバルツに、受付嬢のメイスがそんなことを薦めてきた。


「昇級試験ですか?」


「はい。すでに説明した通り、ギルドに所属する冒険者はA~Eまでのランクによって分けられています。本来は実績を積むことでランクを上げていくことになるのですが、ギルドへの加入時点で十分な戦闘能力を持っている方は飛び級で昇格試験を受けられるんです。すでに上位ランクと同等の力を有している方に、わざわざ下位ランクから下積みを積んでもらうのも、時間と人材の無駄になってしまいますので」


 メイスはにこやかな笑顔を浮かべたまま、壁に掛けてあるカレンダーを指差した。


「昇格試験は3ヵ月に1度、資格のある冒険者にまとめて行われるのですが……ちょうど来週、その試験があるんですよ。バルトさんさえ良ければ、是非とも試験を受けていただきたいのですけど」


「ふむ……それは別に構いませんが。他にも飛び級で試験を受ける人間がいるのですか?」


「ギルド加入直後に飛び級で試験を受ける人は少ないですけど……受験者の中には女性の方もいますので、そこまで気負うこともありませんよ。不合格でもペナルティなどはありませんし、気楽に受けてみてください」


「……へえ、女性もいるんですね。それはそれは」


 シュバルツの脳裏に浮かんだのは、鮮やかな赤髪を頭の上で纏めた異国の美女──シンラ・レンの姿である。

 シンラがどれほどの実力を有しているかは不明だが、おそらくはシュバルツと同等以上の実力の持ち主。シンラが冒険者として登録しているのであれば、間違いなく飛び級の資格はあるだろう。


 ギルドに登録したのはあくまでもシンラに近づくための口実である。彼女が参加する可能性があるのならばチャンスを逃すべきではない。


「そうだな。せっかくだから受けてみようか。試験の内容とか訊いても構いませんか?」


 シュバルツは以前も冒険者として登録していたが、その時には飛び級試験など受けさせてはもらえなかった。

 実力が足りなかったわけではなく、「若いうちはちゃんと苦労しておけ!」と指導してくれたガインツが主張したためである。

 試験内容を尋ねると、メイスが困ったようにへにゃりと猫耳を横に垂らした。


「ええっと……申し訳ありません。試験内容は当日まで教えることはできないのです。ただし、ほとんどの場合は魔物や山賊の討伐など現場での実地試験になります。バルトさんは魔物との戦闘経験はありますか?」


「ええ、何度か。対人戦闘の経験もありますから心配ありません」


「それはよかったです。それでは飛び級試験の方は手続きをしておきますね。試験の日程は来週の『水』の日、正午からになりますので、当日にギルドまで来てください」


「ああ、了解しました」


「それでは、冒険者登録はこれで終了となります。こちらが冒険者であることを示すギルドカードになりますけど……今日は依頼を受けていきますか?」


「いえ、今日のところはやめておきます。じきに夕方になりますので」


 シュバルツは受付カウンターに置かれたギルドカードを受け取り、懐に収める。

 これで数年ぶりに冒険者ギルドを訪れた目的は達された。もはやここに留まる理由はなかったが……。


(できれば、シンラ・レンが本当に冒険者として登録しているか調べておきたいな。もしも空振りだったら、本格的な時間の無駄になってしまう)


 シュバルツはチラリとカウンターの向こうにいるメイスの姿を見やる。

 20代前半ほどの年齢の受付嬢は頭の上に猫の耳をちょこんと乗せており、よくよく見れば背中の後ろに虎柄模様の長い尻尾が揺れていた。

 その顔つきは可愛らしいものであり、制服の胸元を押し上げるボリュームもなかなかのものだった。


「ところで……メイスさん? この後、よかったら食事でもどうですか?」


「へ……?」


 急に誘われてキョトンとした表情になるメイスに、シュバルツはニッコリと人好きのする笑みを浮かべる。


「色々と親切にしてくれたお礼に1杯おごらせてくださいよ。美味しいお酒を出す店を知っているので、ごちそうしますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る