第31話 冒険者ギルド(下)
武器を用いる戦いにおいて、リーチの長さはそのまま攻撃力につながる。
打撃や斬撃に遠心力による加速を上乗せされることで、破壊力が爆発的に上昇するためだ。遠心力は武器が長ければ長いほどに大きくなる。
「おおっ!?」
シュバルツは槍の穂先をガインツめがけて振り下ろす。
重力と遠心力によって速度を増した斬撃が、ガインツの頭部めがけて落下してくる。
「ぬうっ……見事! いい攻撃だ!」
ガインツが唸りながら、大剣で槍の穂先を弾き飛ばす。
シュバルツが放った攻撃はずっしりと重く、並の剣士であれば受けきれずに武器ごと頭をカチ割られていたことだろう。
ギルドの冒険者として、教官として多くの実践を経験してきたガインツだからこそ、無傷で防御できたのである。
「攻撃は悪くない。だが……甘いぞ!」
劇の攻撃を弾いたガインツはそのまま反撃に転じようとした。
長物の武器の欠点として、攻撃を繰り出した後に隙ができてしまうことが挙げられる。
振りかぶるにせよ、引き戻すにせよ……武器で次の攻撃を放つためには予備動作となる『溜め』が必要だ。槍のような長物の武器の場合、サイズが大きい分だけ『溜め』にかかる時間が長くなってしまい、次の攻撃に時間がかかってしまうのである。
そんな決定的な隙を見逃すほど、ガインツは半端な戦士ではなかった。
シュバルツが次の攻撃を放つよりも先に、カウンターで剣を叩き込もうとする。
「ぬうっ!?」
しかし……そんなガインツの思惑は大きく外れた。
槍を弾かれたシュバルツであったが、次の瞬間には2撃目を叩き込んできたのである。
「グッ……この技は……!」
すんでのところで攻撃を躱し、ガインツは大きく目を見開いた。
シュバルツがやったことは単純なこと。穂先を弾かれた勢いのまま槍を回転させ、反対側の『石突』と呼ばれる部位でガインツに殴りかかったのである。
「どうしましたか? 随分と驚いているようですが」
兜の中から、くぐもった声がガインツにかけられる。心なしか、その声は親しい友人を揶揄うような色を含んでいた。
鎧を着込んだシュバルツは器用に槍をクルクルと回転させ、目にも止まらぬ速さで操っている。
「その技、この国の武術ではないな……東国の棒術や棍術の応用か!?」
「初見で見抜かれるとは面白く……いや、流石はギルドの教官です。如何にも、これは東国に伝わる武術ですよ」
一般的に槍の攻撃パターンは2種類。敵に向かって振り下ろすか、離れた距離から突くかである。
シュバルツの技はそのどちらにも該当しない。槍をバトンのように回転させ、穂先と石突の両方で連続攻撃をするという技だった。
この技は自力で会得したものではない。『夜啼鳥』のメンバーに東国出身の武芸者がいて、その仲間に頼んで教えてもらったものである。
得意武器の剣と比べると習熟度は劣るものの、十分に実践で通用するだけの技術を身に着けていた。
「それでは……参る!」
「ムウッ!?」
シュバルツは槍を回転させながらガインツに攻撃を仕掛けた。
右、左、上、下──縦横無尽に襲いかかってくる槍の攻撃に、ガインツが唸りながら後退を強いられる。
ガインツは大剣を盾のように構えて攻撃を防ぐが、防戦一方に追いやられてしまった。
「すごい……まさか、ガインツ教官が一方的に追い詰められるなんて……」
少し離れた場所で戦いを見守っていた受付嬢──メイスが呆然とつぶやく。
ガインツはギルドに所属する冒険者の中でも特に信頼が厚い人物だった。
教官として新人を教育し、試験官を務めていることからも、ガインツがいかにギルドに貢献しているかがわかるだろう。
そんなガインツが、冒険者として登録しにきた新人に一方的に追い詰められている。それは信じがたい光景であったに違いない。
「オオオオオオオオオオオオッ!」
シュバルツは咆哮を上げながら連続攻撃を叩き込む。
かつてシュバルツはギルドに所属していた際、ガインツからかなり厳しい指導をされていた。
私怨と呼ぶほどの感情はなかったが……目の上のタンコブだった教官を正面から叩きのめすことができるのは、やはり胸がすくような心境である。
「このまま攻め切る!」
「ヌウッ……何という速さ! これが新人冒険者の実力だとは……止むを得ん!」
「っ……!」
「悪いが、本気を出させてもらう……『骸鬼装甲』!」
ガインツの身体を赤いオーラが覆いつくす。
魔力によって構築された鎧がガインツの身体を固くガードする。
「ムウンッ!」
ガインツは大きく剣を振りかぶる。
防御を捨てたことでシュバルツの連続攻撃がいくつも命中してしまうが、魔力の鎧によって阻まれてほとんどダメージになっていない。
そして……そのまま力任せに剣を振り下ろした。
「チッ……!」
シュバルツは槍を手放して横に跳んだ。
次の瞬間、振り下ろされた大剣によって槍が真っ二つに斬り裂かれる。
もしもわずかでも回避するのが遅ければ、シュバルツの身体も槍と一緒に両断されていたことだろう。
「バルトさん!?」
メイスが顔を蒼褪めさせ、慌てて駆け寄ってくる。
「ガインツさん、やり過ぎですよ! 試験で人死にを出すつもりですか!?」
「……ああ、すまんすまん。思った以上にデキる奴だったから、思わず本気を出しちまった」
「まったく……バルトさん、お怪我はありませんか?」
「……大丈夫ですよ。武器は壊れてしまったけれど、どこにもケガはありません」
シュバルツは両手を広げて無傷をアピールする。
さすがは王都ギルドで指折りの実力者であるガインツである。あのまま勝たせてはくれなかった。
ガインツが使ったのは魔力をまとって装甲にする魔法である。
魔力の大小は遺伝しやすいため、魔力持ちの大部分は貴族や王族といった特権階級の人間が占めている。それでも、まれにガインツのような平民階級の人間からも魔力持ちが現れることがあった。
平民出身の魔法使いは魔力を炎や雷に変えて放つといった複雑な魔法は使えないことが多い。
そのため、冒険者や傭兵の魔力持ちがよく使っているのが、身体能力を強化する魔法や、魔力で身体の表面に装甲を創る魔法である。
(得意武器の剣であれば装甲もろとも斬ってやったんだが……まあ、いいとしよう。ガインツに勝ったとしても得られるものなんてないからな)
「私は負けてしまったようですが……この場合、ギルドへの加入はどうなるのでしょう?」
「もちろん、合格ですよ! この試験はあくまでも戦う力があるかどうかを見るためのものですから! バルトさんは十分、冒険者としての力を持っていると確認できました!」
メイスが胸の前で握り拳をつくり、力強く言ってくる。
「ガインツさんはこのギルドで1,2を争う冒険者ですから勝てなくても当然です。当ギルドは喜んでバルトさんの加入を歓迎します!」
「そうか……それはよかったです。これからよろしくお願いします」
「はい!」
瞳をキラキラと輝かせているメイスに後ろめたい気持ちになってしまい、シュバルツはそっと視線を逸らした。
すると、先ほどまで戦っていたガインツが頭を掻きながら歩み寄ってくる。
「悪かったな。武器を壊しちまって。ついつい魔法を使っちまった」
「構いませんよ。こちらもちょっとムキになってしまいましたから」
「そうかい? 槍はちゃんと弁償させてもらうぜ…………ああ、それとも」
ガインツはふと真顔になって目を細める。
「……弁償するのは『剣』のほうがいいかな? そっちのほうが得意だろう?」
「……何の話ですか? 俺が使っているのは槍なんですけど」
「いや……昔の知り合いに雰囲気が似ていたもんでな。ちょっと思い出しちまった。勘違いだったなら謝るよ」
ガインツは軽く俺の肩を拳で叩き、鍛錬場から去っていく。
「どこで何をしているかと思っていたが……お前の刃に曇りはないようで安心したぜ。今度はすぐにやめるなよ」
「…………」
「どうかしたのでしょうか、ガインツさん? ひょっとして、お知り合いだったんですか?」
「いえ……初対面です」
どうやら、顔を隠して武器を変えたくらいで教官の目を誤魔化すことはできなかったらしい。
不思議そうに尋ねてくるメイスに、シュバルツは首を振って答えるのであった。
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