第30話 冒険者ギルド(中)
(とりあえず……潜入は成功だな。)
受付嬢による審査を越えて、バルト……シュバルツ・ウッドロウは安堵の息をつく。
シュバルツは5年前に冒険者として活動していた。
冒険者として活動した期間は半年ほど。『夜啼鳥』に関わるようになってすぐに登録も抹消してしまったが……正体がバレた様子はない。
目の前にいる獣人の受付嬢はこの5年間で新しく務めるようになった者らしく、面識はなかった。
シュバルツは正体がバレないように髪を黒く染め、兜をかぶり、クレスタに用意してもらった認識疎外のマジックアイテムを身につけている。
ペンダントの形をしたこのマジックアイテムは容姿を変えたりする効力はないものの、顔を合わせた相手に初対面であるかのような印象を与える効力があった。
肉親などの関係の深い相手には効力がないが、何年も会っていない人間であれば十分に効くことだろう。
(別に俺は指名手配犯というわけじゃないが……一応は『夜啼鳥』に所属して暗殺者の真似事をしているからな。用心をしておくに越したことはないだろう)
「……と、いうことですが質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。問題ありません」
「それでは、バルト様の戦闘能力を測らせていただきます。隣接する鍛錬場まできてください」
ギルドに所属する冒険者は魔物と戦うため、ある程度の戦闘能力が求められる。
そのため、登録の際にはギルド所属の試験官と模擬戦を行い、自分の力を見せなくてはいけないのだ。
最低限の力がない人間が冒険者になっても、魔物にエサを与えることにしかならないからである。
受付嬢に連れられて鍛錬場に行くと、屋外にある広い空間で数人の冒険者が武器を振っていた。
十代半ばほどの年齢の若い冒険者らが、年配の冒険者から戦いの指導を受けているようである。
「ガインツさん、お時間よろしいですか?」
「ん? メイスちゃんか、どうかしたのか?」
若い冒険者に指導をしていた年配の男が振り返る。
赤髪の筋骨隆々とした大男だ。背中には身の丈ほどもある大きな大剣を背負っていた。
「こちらの鎧の方、登録希望の新人さんなんですけど、試験よろしいですか?」
「ああ、構わんよ。お前の名前は?」
赤髪の筋肉男──ガインツがシュバルツに目を向ける。
「……バルトと言います。今日はよろしくお願いします」
シュバルツは兜の中で、くぐもった声音で偽名を名乗る。
ガインツという名の中年の冒険者……それはシュバルツに見覚えがある人間だった。
(『赤狼のガインツ』……まだ指導教官をやっていたのか)
5年前、シュバルツが冒険者になる際に試験をしたのもガインツだった。
王子という身分を隠して冒険者になったシュバルツであったが……何故か、試験官であるガインツに気に入られてしまい、登録後も厳しい指導を受けることになってしまった。
2ヵ月以上もガインツから鬼のような指導を受けることになり、辟易させられたのを覚えている。
(もしも、ギルドで俺のことを覚えている人間がいるとしたらこの男か。正体がバレないように気をつけないとな)
「全身鎧とは珍しいな? 訳アリか?」
「ええっと……この人は……」
「いや……説明しなくても構わんよ、メイスちゃん。訳アリな人間がギルドに流れてくるのは珍しくない。犯罪者でもない限り、ギルドは誰でも平等に受け入れる。無論、魔物と戦うことができる強者であることが前提だがね」
ガインツは指導していた若い冒険者らを鍛錬場から出して、背中から大剣を抜いた。
「さあ、バルトとやら。武器を構えろ。アンタが冒険者になるにふさわしい強者であるか試してやろう」
「…………」
シュバルツもまた、背中に背負ってきた武器を引き抜く。
取り出したのはいつもの剣ではない。木製の柄に金属の穂先がついた槍だった。
(剣で戦えば技から正体を見抜かれてしまう可能性があるからな……念のため、違う武器を用意しておいて正解だったようだ)
「ウム、武器は槍か。敵から距離をとって戦うことができる一般的な武器だな。群れを成す魔物と戦うには、少々コツがいるが……」
「……問題ありません。これでいい」
平坦な口調で応えて、シュバルツは槍を構える。
いつもと武器が違うため勝手が異なるが……それでも、シュバルツの佇まいは、熟練の冒険者であるガインツが感心するほど隙のないものだった。
「ほう……それなりの修羅場はくぐってきたようだな。冒険者になる前に何をしていたのかは気になるが、詮索はやめよう」
ガインツは大剣を構えて、グッと腰を落として重心を低くした。
人間の身体は重心が地面に近いほど体勢が安定して、崩れにくくなる。ガインツがとったのは『受け』の構えであった。
「さあ! どこからでも、かかってくるがいい! 貴様の力を見せてみろ!」
「…………」
シュバルツは答えず、無言のまま。
それでも……武をもって語ると言わんばかりに、槍を振るってガインツめがけて躍りかかるのであった。
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