第29話 冒険者ギルド(上)


 冒険者ギルド。

 それは『魔物』と呼ばれる生き物の討伐を生業としている武装集団の組織である。

 魔物とは魔力を持っている人間以外の動植物の総称。その多くは人間にとって有害な存在であり、見つけ次第駆除されることになる。

 その反面で魔物の毛皮や牙、肉、血液などは人間の生活に欠かせないものでもあった。武具や防具、薬品の材料として高値で取引されており、倒した魔物の売却が冒険者の主な収入源になっている。


 国境を越えていくつもの支部を持つ武装組織である冒険者ギルド。

 ウッドロウ王国王都にある支部に、1人の男が訪れた。


「…………」


 ガチャリと扉が開いて、その男はギルドに足を踏み入れた。

 建物を入ってきた人物に、ギルド内にいた冒険者からザワリとどよめきが生じる。

 隣接する酒場で打ち上げをしていた者、仲間と次の仕事を探していた者、顔見知りと情報交換をしていた者……多くの冒険者の視線がその人物に集中した。


 見慣れない男……いや、厳密に言うと性別不明の人物だった。その人物は全身に重厚な鎧を身に纏っており、顔も兜で隠れているのだ。

 使い込まれた全身鎧から、その人物が戦い慣れした人間であることが一目でわかる。


「ほう……」


 男の姿を見た冒険者の1人が感心したように顎を撫でた。

 ごく一部の熟達した冒険者しか気がついていないことだが、その人物は全身鎧をまとっていながら、少しも足音や金属音を鳴らすことなく歩いている。

 その隙のない歩法から、並大抵ではない経験を積んだ戦士であることを理解した。


 全身鎧の人物は迷うことなく受付に向かって行き、そこに座っていた受付の女性に声をかける。


「冒険者として登録させて欲しいのですが、構わないでしょうか?」


 鎧の中からくぐもった声が漏れる。

 低いトーンからして、その人物が男であることがわかった。


「は、はい。勿論ですにゃっ!」


 ビクリと肩を跳ねさせたのはギルドの受付嬢……20代前半ほどの若い女性である。

 受付嬢の頭部には三角の獣耳が生えており、人間ではなく獣人系の亜人種であることがわかった。

 その口から飛び出した奇妙な語尾に、全身鎧の男が怪訝に首を傾げる。


「…………『にゃ』?」


「い、いえいえ、失礼いたしました。こちらの書類に必要事項をご記入ください!」


 急に現れた全身鎧の人物に驚き、うっかり方言を出してしまった受付嬢は慌てて書類を差し出した。

 男は語尾については追及することなく、見た目に似合わぬ綺麗な手つきでサラサラと必要事項を記載していく。

 差し出された書類を受け取り、獣人の受付嬢は首を傾げる。


「お名前は……バルト様。職業は戦士でよろしかったですね?」


「はい、問題ありません」


 全身鎧の男──バルトは深々と頷く。

 そんな男の上から下までチラリと視線を流し、受付嬢は申し訳なさそうに言う。


「申し訳ありませんが……お顔を拝見してもよろしいでしょうか。一応、登録前に素顔を確認しなくてはいけないので……」


 不安げな口調で受付嬢が訊ねる。

 冒険者ギルドには腕っぷし自慢の荒くれ者が集まることが多いため、指名手配中の犯罪者が身元を隠して登録してくることが多々あった。顔を隠しているものには特に注意しなくてはいけないのだ。

 身分を隠したがっているものの多くは、顔の確認を迫ると怒り出すことが多いのだが……。


「もちろん、構いませんよ」


 バルトはあっさりと了承した。

 頭を覆っている金属の兜を外して、受付嬢に顔を見せる。


「にゃ……」


 兜の下から現れた顔に受付嬢が息を呑んだ。

 それは20代前後の男性だった。黒い髪、歴戦の強者のような精悍な顔立ちはなかなか美男子である。

 受付嬢はしばし見惚れたようにその顔に魅入っていたが……やがてハッと慌てたように声を上げた。


「はっ! し、失礼しましたにゃ! もう結構ですにゃ!」


「『にゃ』……?」


「い、いえいえいえ! 何でもありません。大丈夫です!」


 どうやら、猫の獣人らしき受付嬢はテンパると方言らしきものが出てしまうようだ。

 ワタワタと混乱したように両手を振る受付嬢の胸元には、『メイス』と書かれた名札が付いている。


「もう兜をかぶってもらって問題ありません。手続きに入らせていただきます」


 受付嬢──メイスの頭には指名手配中の犯罪者の顔が一通り入っているが、バルトはそのいずれにも該当しない。冒険者として登録するのに問題ないだろう。

 コホンと1度咳払いをして、メイスはきちんと背筋を伸ばして口調を改める。


「それでは、登録の前に冒険者ギルドについて説明させていただきますね」


「はい、よろしくお願いします」


 ニッコリと笑う受付嬢に軽く頭を下げて、バルトは兜を頭にかぶる。

 ピコピコと獣の耳を動かす獣人の受付嬢は気がつかなかったが……バルトは兜の下でニヤリと妖しい笑みを浮かべたのだった。

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