幕間 シュバルツ襲撃事件(下)

「お命頂戴!」


 叫びながら、前後から黒ずくめが斬りかかってくる。

 前方に3人。後方に2人。挟み撃ちされた形になっていた。


「フンッ……」


 シュバルツは鼻を鳴らして、ユリウスの上着の首元を掴む。


「へ……?」


 突然、始まった戦いに固まっていた新米の騎士は首筋を掴まれた感触に瞳をパチクリさせる。

 シュバルツはそんなユリウスの身体を後方の襲撃者めがけて投げ飛ばした。


「うわあああああああああああっ!?」


「ぐうっ!?」


 ユリウスが悲鳴を上げながら飛んでいく。

 予期せぬ体当たりを喰らって、後方の襲撃者の1人が低いうめき声を漏らす。


「そっちは任せたぞ! 一応は護衛なんだから働けよ!」


「だからって投げることないじゃないですかあ! シュバルツ殿下の鬼! 薄情者おおおおおおおっ!?」


 後方から聞こえてくる愉快な叫びに背を向けて、シュバルツは前方の3人の黒ずくめに向き直る。


(お前らがどんな理由で俺を狙っているのかは知らんが……)


「俺の邪魔をするなら殺す。断じて死ね」


「ッ……!?」


 前方から斬りかかってきた3人の刺客であったが、彼らは息を呑んで驚愕することになった。地面を蹴ったシュバルツが、瞬きほどの時間で眼前まで接近していたからだ。

 目にも止まらぬ早業とはこういうものをいうのだろう。中央にいた黒ずくめの刺客がシュバルツの剣によって胸を貫かれる。


「ガハッ……!」


「ジェインツ!」


「貴様っ……やりやがったな!」


「まずは1人目。次は……」


 右側の刺客が頭上から剣を振り下ろしてくる。

 黒ずくめの中身が近衛騎士であることは先ほどの会話から察しているが……王宮の警護を任されるだけあって、その斬撃はそれなりに速い。


「もっとも……俺の半分程度の速度だがな」


「グフッ!?」


 シュバルツは振り下ろされた剣をヒラリと躱して、相手の身体とすれ違うと同時に胴体を真一文字に斬り裂いた。

 深々と斬られた腹部からドロリと大量の血液が流れ落ち、2人目の刺客がその場にうずくまる。


「これで2人目。他愛もないことだ」


「この魔力無しが、よくも仲間を殺しやがったな!? 飛礫つぶてよ、我が敵を穿て――ストーンアロー!」


 3人目の刺客が魔法を発動させた。

 石で作られた20センチほどの矢がシュバルツめがけて放たれる。土属性の下級魔法のようだ。


「呆れたな……魔法を使ってその程度かよ」


「なっ……!?」


 シュバルツは嘲るように言って、右手の剣を一閃させる。途端に、胸を貫かんと迫ってきた石の矢が粉々に砕け散った。


「ヴァイスと同程度まで鍛え上げた魔法ならばまだしも、このレベルの魔法使いに殺られるほどやわな鍛え方はしていない。中途半端な魔法なんてあってもなくても変わらないぜ?」


「ッ……!?」


 シュバルツが言い放った冷たい言葉に、3人目の刺客が息を呑んだ。


 魔法使いが非・魔法使いよりも強い。

 それは魔力至上主義をとるこの国の上層部にとっては常識なのだろうが……シュバルツにしてみれば、鼻で笑いたくなるようなくだらない思い込みである。


 確かに、魔法が使えないよりも使えるに越したことはないだろう。しかし、中途半端な魔法であればあってもなくても変わらない。

 先ほど、目の前の刺客が使った『石の矢』からも明白である。何もない場所から矢を作って放たれるのは脅威かもしれないが、その威力はあっさり剣で斬り払うことができる程度のものだった。

 詠唱によって無駄にしてしまう時間も考えれば、普通の弓矢を持って攻撃するのと変わらない。


(正直……悲しいな。ヴァイスほどの高みに至った魔法使いに見下されるのならば仕方がないが、こんな魔法が使えるだけの奴・・・・・・・・・・にまで下に見られるとか、屈辱ではらわたが煮えくり返るわ)


「クッ……岩石の刃よ、我が前に……」


「遅せえよ」


 再び魔法の詠唱に入る黒ずくめの刺客であったが、それをさせるシュバルツではなかった。

 瞬時に相手の懐に潜り込み、相手の喉を刺し貫く。


ッ!」


「ガッ……」


 3人目の刺客はカッと目を見開き、信じられないと言わんばかりの表情で絶命した。

 襲いかかる3人の敵を斬殺するのに要した時間は1分に満たないほど。シュバルツにとっては、敵と呼ぶのも烏滸がましいレベルの敵である。


「これで3人。さて、こっちは片付いたが……」


「わあああああああああああっ!」


 背後に視線をやると、ユリウスが涙声で叫びながら後方の刺客と戦っていた。

 後方にいた2人の刺客のうち、一方は地面に倒れて目を回している。俺が投げ飛ばしたユリウスの体当たりによって気を失ったようだ。

 もう一方の刺客は、ユリウスが滅茶苦茶に振り回している剣を必死に防御している。


「うわあああああああああああっ!」


「くっ……このっ……!」


 ユリウスが小さな身体でブンブンと剣を振るう。それを焦った表情で刺客がさばいている。

 泣きそうな顔で相手を攻撃するユリウスは、まるで癇癪を起こして暴れる子供のように見えるが……


「へえ……意外と動けるじゃないか」


 そんなユリウスの姿にシュバルツは感心して頷いた。

 一見すると、恐慌を起こした子供が闇雲に剣を振り回しているだけのように見えるだろう。だが、ユリウスの剣撃は的確に相手の急所を狙っており、剣術における基本的な型を忠実に守ったものである。


「騎士団長の娘というのは伊達ではないんだな。親の七光りで騎士になったわけではないようだ」


「うわああああああああああんっ! もういやだあああああああああっ!」


「……とはいえ、そろそろ精神的に限界か?」


 シュバルツは明らかに泣きに入っているユリウスに苦笑した。

 どうやら、基本的な剣術は修めていても実戦経験には乏しいらしい。本物の殺し合いという状況に、ユリウスの心ははち切れる寸前だった。


「まあ、新米騎士には良い勉強になったということで……ッ!」


「あ……」


 シュバルツは手に持っていた剣を投擲する。

 投げ槍のように放物線を描いて飛んでいった剣が、ユリウスと戦っていた騎士の身体を貫いた。

 目の前で血を流して倒れた男を見て、ユリウスが呆然とした声を漏らしながら座り込む。


「…………!」


「どうした? 人が死ぬのを見るのは初めてか?」


「しゅ、シュバルツ殿下……」


 ユリウスが怯えに瞳を揺らしながら振り返る。

 初めての実戦に臆してしまったのか。それとも……あっさりと人を殺したシュバルツを恐れているのだろうか?


「……この程度でビビるのなら、早々に騎士を辞めることを薦めるが? 男装をやめてドレスを着たほうがお前には似合っているかもしれないぜ?」


「…………いえ、取り乱してしまって申し訳ありません」


 ユリウスが唇を噛みながら立ち上がった。

 いまだ表情から怯えは消えないが……瞳はまっすぐで心は折れていないようだ。


「フンッ……まあ、いいだろう」


「わっ!? な、何ですか!?」


 シュバルツはわしゃわしゃとユリウスの頭を乱暴に撫でまわす。


「俺1人でも余裕で倒せる相手だったが……とりあえずは助かった。褒めてやる」


「あ、ありがとうございます……?」


「褒美にお前の処女をもらってやろう。喜んでいいぞ」


「どこが褒美なんですか!? い、いやっ! そんなことよりも……!」


 ユリウスは慌ててシュバルツの手から逃れて、倒れている5人の刺客に目を向ける。


「この人達、何者なんでしょうか? 近衛騎士みたいなことを言ってましたけど、まさか本当に……?」


 本当に彼らが近衛騎士であるとすれば、ユリウスにとって同僚ということになる。

 ユリウスは倒れた男の顔を隠している頭巾をとろうとするが……シュバルツがその手を掴んで止めた。


「あ……」


「いい、触るな」


 もしも彼らがユリウスの顔見知りであるとすれば、知り合いの死を目の当たりにしたユリウスは傷つくことになるだろう。シュバルツの精一杯の思いやりだった。


「見分はお前がやる必要はない。詳しい話は……そこで寝ている奴に聞けばいいだろう」


 5人の刺客のうち4人はすでに斃れているが、ユリウスの体当たりで気を失った1人は息がある。詳しい話はその男に聞けば済むことだろう。


「王族を守るはずの近衛騎士が、曲がりなりにも王子である俺にどうして剣を向けたのか……事情を訊くのが楽しみだな」


 シュバルツは冷たい目で倒れた刺客を見下ろし、その胴体を蹴り飛ばした。


 その後、倒れた男から事情聴取を行った結果、彼らが近衛騎士の中でも特に『魔力至上主義』の思想を強く持っており、ヴァイス・ウッドロウを狂信的に信望していたことが明らかになる。

 近衛騎士としてヴァイス捜索を命じられ、シュバルツが代理となっていることを知った彼らは、『魔力無しの失格王子』が仮初かりそめであっても敬愛する主君の名を騙っていることに憤り、殺害を企んだとのことである。


 王の臣下である近衛騎士の暴走にグラオス王が深く心を痛めることになったが……シュバルツにとっては悪い事ばかりではなかった。


 王の罪悪感に付け込んだシュバルツは、後宮に通っていない時間は自由に外出することを許されるようになった。

 バレないように変装することを条件に色街に通うことも許され、後宮での生殺しで溜まった性欲を発散することができたのである。

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