第23話 愛と金


 どれほど時間が経ったのだろうか。気がつくと、クレスタの身体はベッドの上に寝かされていた。

 自分がどうしてベッドに横になっているのかがわからない。記憶を思い返しながら、朧げな視線を宙にさまよわせた。


「ウチはいったい……」


「軽めに決めたから長くは寝ていない。ほんの10分ほどだな」


「アンタは…………シュバルツ・ウッドロウ!」


 男の声を聞いて意識が急速に覚醒する。

 すぐ眼前にシュバルツの顔があった。クレスタの身体に覆いかぶさっており、おまけに上半身の服を脱いで半裸になっていた。

 クレスタが着ている女性用のスーツもはだけられており、肌が大胆に露出していた。確かめるまでもなく、隠していたマジックアイテムも残らず奪われているだろう。


「くっ……!」


 クレスタは瞬時に自分の置かれた状況を悟る。これから、何をされるのかも。


「抱いたくらいでウチを思い通りにできると思ってるん? 言っとくけど……アンタは、この国はもう終わりや。ウチは絶対に泣き寝入りなんてせん! 絶対にアンタの秘密を世界中にバラまいて、この国を滅ぼしたるからな!」


 クレスタは断言した。瞳にこれでもかと敵意を込めて、自分を押し倒している男を恫喝する。

 対して、射殺さんばかりの視線をぶつけられたシュバルツはというと……


「ハハハハハハハッ」


 笑った。

 愉快そうに、実に面白そうに笑う。


「何がおかしいん? さっきから思ってたけど、自分、狂ってるんとちゃう?」


「いや……お前は言っていたよな。俺が女を舐めてるって」


「……そうやろ、抱かれた女が自分の命令を訊くようになるなんて馬鹿にしとるやろ」


「その言葉──そっくりお前に返すとしよう。お前の方こそ男を舐めている。いや……『愛』の力を侮っていると言うべきか?」


「愛やって……?」


 クレスタは端正な表情を歪める。

 シュバルツは知る由もないことであったが、それはクレスタがもっとも忌み嫌う言葉だったのだ。


「……自分、随分とロマンチックやなあ。愛の力がどうのとか、素面で言ってるとは思えんわ。頭に蛆でも沸いてるんと違う?」


「辛辣だな。だが……すぐに意見は変わることになるだろうよ」


「ひんっ……!?」


 クレスタの肩がビクリと跳ねた。

 男の手が唐突にクレスタの頬を撫でつけたのである。


「な、何をするんっ!? 急にビックリするやないの!」


「金しか信じていない可哀そうなお前に『愛』ってやつを教えてやる。愛される喜び、男に求められる充足感を嫌と言うほどくれてやるよ」


「っ……!?」


 シュバルツの手が動く。

 身動きが取れないクレスタの耳を、首を、肩を、鎖骨を……身体のあちこちを羽のようなタッチで撫でていく。

 その優しい愛撫、まるで学者が地層から化石を掘り起こすような繊細な手つきに、クレスタは背筋が震えるような痺れを感じた。


「ちょっ……待ち待ち待ちっ! ちょっとだけ……ちょっとだけ待ちや!」


 人生で感じたことのない危機感に堪えかねて、クレスタは慌てて声を上げた。

 美貌の商人であるクレスタはこれまで何度となく男に口説かれたことがある。その中には、力ずくで強引にクレスタの身体を奪おうとした者もいた。


 だが……何なのだろう。この優しすぎる愛撫は。

 まるで宝物にでも触れるような繊細なタッチ。自分が蝶のように、花のように愛でられていることが理解できてしまう。

 自分はこの男に愛されている──それをはっきりと自覚して、激しい困惑にクレスタの思考がかき乱された。


「も、もう1回だけ話し合わん? ウチもちょっと大人げなかったと思うし……戦争を起こすとか流石に言い過ぎたわ。今度はできるだけ譲歩させてもらうから、もう1回商談をやり直さなへん?」


 クレスタは弱々しい声音で懇願する。

 このままシュバルツの手に身をゆだねていれば、心の奥底にある大切な何かが奪われてしまう気がした。

 処女としての本能から、クレスタは何とかシュバルツを押し留めようとする。


「駄目だ。お前は抱く」


 しかし……シュバルツの返答は無情なものである。


「俺はお前に『愛』を教えると決めた。骨の髄まで愛してやるから、天井のシミでも数えて大人しくしていろ」


「っ……!」


 迷いなく断言するシュバルツに、クレスタは言葉を失って顔を蒼褪めさせる。

 そんな初心な女性を抱きしめ、シュバルツはゆっくりとした手つきで剥き出しの背中を撫でた。


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