第24話 堕ちた水晶
水晶妃──クレスタ・ローゼンハイドは強い女である。
家族の裏切りによって奴隷になり、それでも諦めることなく自分が置かれた境遇を変えるために努力を続け、とうとう北海ギルド連合の頂点に君臨する『神商八家』の当主にまで成り上がった。
その鋼の意志。不屈の根性は生まれや年齢、性別の差など容易に覆してしまうほど。商売人でありながらいくつも修羅場を乗り越えてきたクレスタは、数多の戦場を駆け抜けた騎士にも負けることのない強い精神を有していた。
しかし……どれほど強くとも、クレスタは男女の関係における『経験』が皆無である。
シュバルツが『商売』を知らなかったために商談で一方的に敗北したように、クレスタは男女の営み……もとい『愛』を知らずに生きてきたのだ。
そんなクレスタが百戦錬磨のシュバルツに勝てるわけもない。色街にあるいくつもの娼館を渡り歩いてあらゆる『技』に習熟し、稀代の遊び人として浮き名を流しているシュバルツにとって、クレスタは皿に盛られた料理のごとく容易に喰らうことができる相手でしかなかった。
「ふあ、あ……。も、もうあかん……堪忍してや……」
朝日が昇る頃。
クレスタは全身のあらゆる場所を征服され尽くし、すっかりシュバルツの『愛』の前に敗北していた。
「ウチの負けや……。アンタには勝てん。勝てへんと認める……。だから、もう許してや……」
「おいおい、最初の威勢はどうしたよ? 俺の秘密を暴露して戦争を起こすんじゃなかったのか?」
シュバルツが意地悪く訊ねると、クレスタはベッドに力なく四肢を投げ出したまま首を横に振った。
「バラさへんよ。ウチはもう、アンタに逆らうことなんてできへんわ……」
クレスタはもはや、シュバルツに敵意を抱くことができない己を自覚している。
最初は全力で抵抗した。男の思い通りになどなるものか、どんな恥辱にだって耐えてみせると歯を食いしばっていた。
だが……クレスタの抵抗を嘲笑うようにシュバルツは優しかったのだ。砂糖菓子のように甘ったるい手練手管で、一切の苦痛やストレスを与えることなくクレスタの身体に触れてきた。
もしもシュバルツが暴力に訴え、力任せにクレスタを屈服しようとしたのであれば……あるいは、シュバルツを拒むことができたかもしれない。
だが、シュバルツは最初から最後までクレスタを『屈服させる』のではなく、『愛する』ことに全霊を注いでいた。
優しく丁寧な愛撫。いたわりに満ちた愛の囁き。
己の欲望を満たすのではなく、パートナーと一緒に天頂に昇り詰めることを目指した極上の求愛行為。
自分が男から愛されていることをハッキリと感じさせる行為に、愛情に飢えていたクレスタはすっかり虜になってしまったのである。
クレスタは家族に裏切られたことにより重度の人間不信となり、金儲けだけを生涯の目的にして生きてきた。
そんなこれまでの人生を後悔したことはなかったが……それでも、やはり心のどこかで虚しいと感じていたのだろう。
一晩かけてシュバルツに愛情を注がれて、クレスタはかつてないほど満ち足りた感覚を得ていた。
人肌のぬくもりを感じることへの安心感。
自分の全てをさらけ出すことへの開放感。
男に狂おしいほど求められることへの優越感。
そして――圧倒的な愛情に包まれることへの幸福感。
凍りついていた心が溶かされ、クレスタもまたシュバルツに対する愛情を自覚して……ここまでくれば、もはや逃げることなんてできなかった。
いくら金を積まれたとしても、クレスタにはもはやシュバルツを裏切る行動はとれそうもない。自分を愛してくれる最高の男を裏切り、暗闇をさまよった末に手にした幸福を捨てることなどできるわけがないのだ。
シュバルツの愛を繋ぎとめておくためであれば、これまで稼いできた全ての財産を投げ出すことも厭わないだろう。
「……自分の言うことに従うわ。ウチはもう、アンタのものや」
クレスタは弱々しい口調で屈服の言葉を搾り出す。
途端、心の重しが取れたように気が楽になっていく。まるで長年、自分を縛りつけていた鎖が千切れ飛んだようである。
「嬉しいことを言ってくれるぜ……いいだろう。誓いの言葉は受け取った。お前は今日から俺の女だ。文句はないな?」
「んっ……!」
返答の代わりに、クレスタはシュバルツの唇に自分の唇を押しつけた。
シュバルツの方からは何度となく口付けをされたが、クレスタからそれをするのは初めてである。
かくして、クレスタ・ローゼンハイドはシュバルツの前に陥落した。4人の上級妃の一角が落ちて、残るはあと3人。
シュバルツは後宮征服の第一歩を踏み出したのであった。
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