第21話 決着


「危なかったわねえ。見ていて冷や冷やしたわよ」


 涼やかな声と共に黒髪の女──クロハが悪戯っぽく笑う。

 最後の最後、魔法で抵抗しようとしたクレスタの攻撃を封殺したのは、他でもないクロハであった。

 クロハは『マジックキャンセラー』という特殊な魔法を使うことができ、魔法の発動を阻害して封じることができるのだ。

 下級魔法しか無力化することができないため、ヴァイスのような強力な魔法使いには通用しないが、今回は十分に役に立ってくれた。


「やはりお前を呼んでおいて正解だったらしい。おかげでコイツを捕らえることができた」


 シュバルツは失神したクレスタを見下ろして安堵の溜息をついた。

 クレスタに正体を見破られていることを知ったシュバルツは、マジックアイテムでクレハと連絡をとって救援を求めていた。

 クレハは『夜啼鳥』に所属する構成員を引き連れて屋根裏や床下から水晶宮に侵入し、シュバルツを陰ながらサポートしたのである。


「コイツが何らかの罠を仕掛けてくることは予想できてたからな。弱みを握っている人間を深夜に呼び寄せるんだ。無警戒で行く馬鹿がどこにいるんだって話だよ」


 クロハ達はシュバルツの会話を屋根裏などから盗み聞きし、さらに隣の部屋に護衛が隠れているのを発見した。護衛を秘かに片付けて、代わりに隣室から様子を窺っていたのである。


「それにしても……どうして最後まで助けを呼ばなかったのかしら? 私達が踏み込んでいれば、すぐにこの娘を拘束できていたでしょう。わざわざ危ない橋を渡るだなんて危ないじゃないの」


「女を口説くのに他の女の手を借りる馬鹿がどこにいるんだよ。それに……せっかくダンスに誘ってくれたんだから、ちゃんと相手をしてやらないと相手に恥をかかせちまうだろうが」


 どこか怒った様子のクロハに、シュバルツは他人には理解できないような理屈を捏ねる。とはいえ……最後は助けられたのも事実である。そこだけは素直に頭を下げて、お礼の言葉を口にする。


「あそこは助かったと……持つべきものは上司だな」


「あら? 『上司』だなんて他人行儀な呼び方ね。もっと親しみを込めて『愛人』と呼んで欲しいわね」


「はいはい、愛してますよっと」


「気持ちが込められていないわねえ……まあ、いいわ。ところで、その娘はどうするつもりなのかしら?」


 クロハの目は床に倒れたクレスタに向けられていた。

 シュバルツに首を絞められて気を失っている水晶妃であったが、しばらくすれば目を覚ますことだろう。

 防音のマジックアイテムのおかげで外部に異変はバレていないが、朝になれば女官や使用人が部屋にやって来てしまう。

 そうなれば、クレスタは暴力を受けたことを声高に訴え、さらにはシュバルツがヴァイスに成りすましていることを暴露するに違いない。


 そうなれば、シュバルツは破滅である。

 4つの国との友好関係も崩れ、戦争に発展しかねない事態となってしまう。


「傀儡にするなら手伝うわよ? そういう薬はちゃんと持ってきているから」


「いらねえよ。コイツを操り人形にするつもりはないからな」


 胸元から取り出した薬瓶を見せつけるクロハであったが、シュバルツは首を振る。


「コイツは思った以上に良い女だったからな。人形にするなんてもったいない。別のやり方で俺に従ってもらうことにする」


「あら……愛人である私の前で堂々と浮気宣言とは随分な男じゃない。妬けちゃうわよ?」


「ハッ! こうなるように焚きつけたのはお前だろうが。今さら何を言ってやがる!」


 見え透いた冗談を鼻で笑い、シュバルツは床に倒れるクレスタの身体を抱きかかえた。

 ぐったりと力なく四肢を投げ出した女をベッドに運び、寝苦しくないようにスーツのボタンを外してやる。

 インナーに包まれた胸が露出するが、構わず服を脱がしていく。


「コレは強い女だ。面白い女だ。愉快な女だ。薬漬けにして傀儡にするよりも、篭絡して味方に引き入れたほうがずっと楽しそうだ」


「……貴方がそれでいいなら別に構わないけど、失敗したら破滅することになるわよ?」


「負けるつもりで戦争する奴がどこにいるよ? 『商売』じゃあ完敗したけど、今度はこっちのやり方で戦争をさせてもらうさ」


 シュバルツは気を失っている女の頬に唇を落とし、ついでにペロリと舌で舐める。


「ん……」


 くすぐったがるようにクレスタが小さく身じろぎをした。

 シュバルツは無抵抗な女の肌になおも舌を這わせ、額に流れる汗を舐めとっていく。


 どうやら……クレスタはもっとも危険な『女の敵』に、文字通りツバを付けられてしまったようである。

 クロハはこれから眠り姫がたどるであろう未来を予期し、同情するように肩をすくめたのであった。

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