第16話 陰謀と悪巧み


 時間は夕刻に差しかかり、シュバルツは女官長に見送られて後宮を後にした。

 シュバルツは後宮の主になったものの、それはあくまで双子の弟であるヴァイスの代理人としてである。

 後宮内で夜を明かす許可は得ていないし、そこにいる妃らに手を出すことも許されない。


(下級妃や中級妃であれば抱いても咎められないかもしれないが……王太子が上級妃を差し置いて下の妃に手を出したとなれば、それはそれで問題になるからな)


 後宮には4人の上級妃の他にも100人以上の妃が集められていた。貴族階級出身の中級妃、平民階級出身の下級妃である。

 上級妃らに子供ができなかった場合のスペアとしての妃であったが……彼女達の中にも有力者や資産家の娘はいた。

 あくまで上級妃を味方につけるのが優先だが、機会と時間に恵まれればそちらに手を伸ばしても良いかもしれない。


(とはいえ……まずは水晶妃をどうにかしないとな? どうやって俺が『シュバルツ・ウッドロウ』であると気がついたんだ?)


 王太子であるヴァイスが行方不明となっており、シュバルツが成りすましていることを知っているのは王と宰相、女官長、騎士団長、ヴァイス捜索に関わっている一部の騎士だけである。

 厳密に言えば『夜啼鳥』であるクロハも知っているが……シュバルツを王にしたがっている彼女がそれを漏らすメリットはない。


(水晶妃……クレスタ・ローゼンハイドは商会の長だったな。商人としての特別な情報網でもあるのか、それとも……)


「どうかされましたか、しゅば……ヴァイス殿下」


 護衛として同行しているユリウスが不思議そうに訊ねてきた。

 男装の女騎士が顔を覗き込んでくるが……シュバルツはその顔面にアームクローを決める。


「むぎゃっ!?」


「お前な、名前を呼び間違えないように気をつけろよ。どこで誰が聞いているかわからないんだぞ?」


「で、殿下の方こそこんなことをして誰かに見られたら……痛タタタタタタタタタッ!?」


「俺はいいんだよ。今の俺はこの国の王太子なんだからな」


「そんな理不尽な……うにゃあっ!?」


 小さな胸をガッと掴んでやると、ユリウスが喧嘩中の猫のような声を上げた。

 色気も何もないような悲鳴である。この男装の女騎士がちゃんと女になれるようにしかるべき教育が必要であると、シュバルツはしみじみと思った。


(もうちょっと育ったら抱いてやるか? 女の悦びを教え込んで、潮でも吹かせてやれば少しは女らしくなるだろう)


 護衛対象がとんでもない事を企んでいることは知らず……ユリウスは自分の胸を両手で押さえて距離をとった。


「ううっ……ヴァイス殿下がセクハラなんてするわけないですよ。こんなところを見られたら、絶対に正体がバレちゃいますからね……」


「バレるわけないだろうが。どうせ周りには誰もいないからな」


 実際……後宮から王宮までへの帰り道に人の気配はまるでなかった。

 おそらく、事前にグラオス王が手を回して人払いをしているのだろう。シュバルツの成りすましバレないように配慮しているのだ。


(手堅い対処だ。やはり、王宮筋から情報が漏れたということはなさそうだな。ユリウスコイツがうっかり口を滑らせたという可能性もなくはないが……一応は騎士団長の娘。凡ミスで機密情報を漏らしたりはしていないと信じたいな)


「……あの女に訊くことが増えたな。やれやれだぜ」


「殿下、本当にどうしたんですか?」


「何でもない……それよりも、護衛はここまででいい。俺はやることがあるからお前も帰れ」


「ええっ!? ダメですよ、僕は殿下の護衛なんですからっ! 最後までちゃんと殿下を送り届ける義務が……みぎゃあああああああああああっ!?」


 シュバルツが素早くユリウスの背後に回り、小さな身体を抱きしめた。

 騎士団の制服に身を包んだ少女の身体を抱きしめ、胸や腰、脚、あちこちに手を這わせる。


「……別に俺はいいんだぜ、お前をこのまま部屋までお持ち帰りしても」


「ヒッ……!?」


「まだ熟すには早過ぎるが、たまには青い果実も悪くはない。後宮では妃に手を出さないように禁欲を強いられたことだし……お前を使って溜まった性欲を発散するのも悪くないだろうよ」


「ひ、ひゃっ……」


 耳元でささやきかけ、ペロリと首筋に舌を這わせてやると、ユリウスは面白いように身体を震わせた。


「に……ぎゃあああああああああああああああああっ!」


 そして、シュバルツがわずかに手の力を緩めた隙に両手の拘束から逃れ、一目散に走っていってしまった。

 遠ざかっていく小さな背中を見送り……シュバルツは呆れ返ったように口端を吊り上げる。


「……馬鹿だな、アイツ。騎士団長の娘じゃなかったら、悪い男に騙されてオモチャにされていたタイプだ」


 そんな馬鹿な少女が自分の護衛・監視役であることを神に感謝しつつ、シュバルツは懐から小さなコインを取り出した。

 周囲に人の気配がないことを再度確認して、紋様が描かれたコインへと唇を寄せる。


「……クロハ、協力して欲しいことがある」


 それは『盗聴』の力が込められたマジックアイテムだった。受信した音声を離れた場所にいる人間に届ける力を持っている。

 音声の発信は一方的なものであるため会話などはできないが、必要な情報を仲間に届けるには十分だった。


 シュバルツはマジックアイテムを通じて、クロハへといくつかの指示を出す。

 ちゃんと声が届いているのか確認する術はないが……クロハであれば、抜かりなくやってくれるだろうと確信があった。


 数時間後。シュバルツは再び後宮へと訪れることになった。

 自分の正体を知る人物──水晶妃クレスタ・ローゼンハイドとの戦いの幕が上がったのである。

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