第11話 国家存亡の危機(下)


「やっぱりそういうことかよ……」


 父王の言葉を受けて、シュバルツはテーブルに突っ伏して項垂れた。

 予想はしていた。予想していた通り、完璧的中に最悪の頼みごとをされてしまったらしい。


 今回の一件をまとめると次のようになる。

 王太子であるヴァイスは後宮で多くの妃と交わることに反発して、平民の恋人と駆け落ちをしてしまった。

 すでに後宮入りしている『上級妃』は他国のお姫様ばかり。ヴァイスが逃げたことが知られれば外交問題となり、四方から戦争を仕掛けられてしまう。

 最悪の事態を回避するため、双子の兄であるシュバルツを身代わりに立ててヴァイス逃亡を隠蔽しようとしている。


「……お前にはすまないことをしていると思っている。心から」


 グラオスは沈痛な面持ちで言って頭を下げた。

 本来、王である男が頭を下げて謝罪するなどあっていい事ではない。

 だが……そんな口先の謝罪では物足りないくらい、シュバルツにとって不愉快な頼み事なのは事実である。


「……わかってるよな? 俺は5年前の継承戦でヴァイスに敗れ、王太子になれなくて出奔したんだぞ? それなのにアイツが身勝手にいなくなったからヴァイスの代理を務めろとか、流石に舐め腐った提案だってことくらい」


「無論だ……だが、この国を救うにはそれしかない。お前に負担をかけるしかないのだ」


 グラオスの表情は暗く沈んでいる。

 ヴァイスは王太子でありながら、その義務を放棄して国を滅ぼしかけている。

 いっそのことシュバルツが代わりに王太子になれば丸く収まりそうなものだが……そう簡単に済まされる問題でもない。


 王太子がシュバルツになったところで、ヴァイスが妃を置いて逃げた事実は変わらない。妃を送り出した国々は容赦なく非難してくるだろう。

 そして、非常に困ったことにシュバルツは魔力が非常に少ない『失格王子』である。そんなシュバルツが自国の姫を妻として娶ることに反発する国だってあるかもしれない。


 やはり、ヴァイスを連れ戻して王太子のイスに戻すしかない。

 そのためには、時間稼ぎのためにシュバルツを利用するしか手段がなかった。


「無論、お前には相応の報酬を支払おう。金が欲しければ言い値で出そう。望むのであれば爵位や領地も用意する。これまで自分を顧みなかった父が憎いのであれば、全てが終わった後でこの首を差し出しても構わん」


「陛下!?」


 隣に座っていた宰相が声を上げた。

 同じく、騎士団長や女官長も愕然と目を剥いている。


「よいのだ。予はこれまでシュバルツをないがしろにしてきた。その息子に頼みごとをするのだ。命くらい差し出さなければ申し訳が立たぬわ」


「チッ……」


 シュバルツは覚悟を決めた様子の父王に舌打ちをする。

 いっそのこと王の地位を使って声高に命じてくれれば反発もできるのに、こうも殊勝にされるとかえってやりづらかった。


 王宮に暮らしていた頃、シュバルツは確かにグラオスに顧みられることなく孤独に過ごしていた。

 双子の弟は王からの寵愛も厚く、多くの期待と信頼を与えられているのに対して、シュバルツはほとんど放任されていたのだ。

 望めば剣の師や教育者を与えられたが、まともに父親らしいことをしてもらった記憶はなかった。


「……別に首なんて貰っても使い道がない。剝製にでもしろというのかよ。年取ったジジイの首なんて飾っても鬱陶しいわ」


 シュバルツは悪態をつきながら、頭を抱えて考え込む。


(やっぱり、戻ってくるべきじゃなかったかもな。厄介なことに巻き込まれちまったぜ)


 たとえば……ここでシュバルツが全力で拒否してみたらどうだろうか?

 父王は息子に無理難題を突きつけることに罪悪感を覚えているようだ。ひょっとしたら、あっさりと拒否を受け入れてもらえるかもしれない。

 だが……最悪の場合、無理やりにシュバルツを従えようとするだろう。

 グラオスは四十年も玉座についている人物だ。才覚は有れど若くて純粋なヴァイスとは違う。情に流されて判断を誤ることなどしない。国難を乗り越えるためならば息子に犠牲を強いることだって厭わないはず。

 王宮の宝物庫には、意思を封じて無理やりに従えるマジックアイテムだって存在する。シュバルツがあくまで拒否すれば、そういった道具が使用されることもあり得る。


(隷属や魅了といった精神に作用する魔法は、魔力が強い人間には通じないのがセオリーだが……俺だったら余裕で効いちまうだろうな)


 ならば、ここは了承したフリをして後から逃げるのはどうだろうか。

 シュバルツの身体能力ならば王宮から脱出することは難しくない。だが……王宮の騎士や魔法使いが本気を出したら、いつまで逃げられるだろうか?

 双子の弟であるヴァイスが捕まることなく逃げおおせているのは、歴史上に類を見ないほどの圧倒的な魔力を有していたからである。シュバルツが同じことをするのは至難だった。


(『夜啼鳥』に助けを求めるという方法もあるが……ダメだな。俺の都合でクロハ達に迷惑はかけられない)


 仮に自ら王宮に出頭することなく、昨晩の内に姿を晦ませていたとしても変わらなかっただろう。

 いずれ見つかり、王宮に力ずくで連れ戻されていたに違いない。


 結局、シュバルツが選ぶことができる選択肢は最初から1つしかないのだ。

 即ち――


「……王命、了解した。ヴァイスの身代わりになって後宮に行くことにしよう」


 シュバルツは諦めきったように肩を落とし、溜息と共にそう言ったのである。

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