第10話 国家存亡の危機(中)


「意味がわからねえ……どうして、アイツの駆け落ちが滅亡の危機につながるんだよ。というか、駆け落ちだって? 一国の王太子が?」


 ヴァイス・ウッドロウという男は非常に純粋で潔癖な性格だった。

 その無垢な在り様は次期国王としては不安に思われるほどだったが、まさか20歳になっても変わっていなかったとは意外である。


「ヴァイスは時折、身分を隠して街に遊びに出ていたのだ。王太子としての気苦労も多いことだし、多少のお遊びくらいは許そうと思っていたのだが……よもや、街で出会った平民の娘と駆け落ちするとは……」


「……甘やかしすぎたんじゃないか? 親の期待が重かったとか?」


「むう……そうかもしれぬ……」


 グラオスは眉間にシワを寄せて苦々しい表情になる。

 苦悶に顔を歪める父親の姿に、シュバルツはそっと嘆息した。


(『失格王子』の代わりに、二人分の期待を背負わせちまったとなると……俺も無関係とはいえないがな)


 シュバルツがほとんど魔力を持っていなかったせいで、ヴァイスは2倍の期待を背負わせてしまったのかもしれない。

 そう考えると、優秀極まりない双子の弟に対して同情心が湧いてくるのだが……


「……だからといって、駆け落ちはないよな。王太子の責任を軽んじていやがる」


 シュバルツも王宮を出奔した人間だがヴァイスとは立場が違う。

 誰からも期待されず王宮に居場所のなかったシュバルツとは違い、ヴァイスは王太子。大勢の期待と信頼を一身に受ける人間なのだ。


(王太子の地位が重荷だって言うのなら、どうして5年前の継承戦で俺を倒したんだよ。俺を倒して、王太子の座を手に入れておいて、今さら投げ出すとか舐めていやがる……)


「……それは良いとして、どうしてそれがウッドロウ王国の滅亡につながるんだよ。馬鹿な王子が女と逃げただけだろ? 最強の魔法使いであるアイツが消えたのは軍事的に大きな損害かもしれないが、国が滅びるほどじゃないはずだ」


「……残念だが、そう簡単な問題ではないのだ。あまりにも時期が悪すぎる」


 シュバルツの疑問にグラオスはゆっくりと首を振った。

 どういう意味だろうと視線で問うと、王ではなく横のイスに腰かけた女性が口を開く。


「シュバルツ殿下は御存じではありませんか? 先日、我が王宮の内部にヴァイス殿下のための後宮が設置されたことを」


「それは噂に聞いているが……お前は?」


「失礼いたしました。後宮の管理を任されております筆頭女官――アメンダと申します」


 白髪頭の年配女性は立ち上がり、丁寧な所作で頭を下げた。

 その女性の顔にシュバルツは見覚えがないが、完璧に整った礼儀作法から相当な訓練を積んだ女官であることがわかった。

 察するに、王妃や王太子妃となる女性の世話や教育を任せられる最上級の女官なのだろう。


「後宮が設置されたのは1ヵ月前。すでに貴族や豪商、有力者の娘が100人ほど集められています。そして……先日、『上級妃』として4人の妃を国外から招きました。いずれは王妃として国王と並び立つことになる予定の女性です」


「上級妃……」


 上級妃というのは後宮にいる大勢の妃の頂点に君臨する4人の女性である。

 彼女達にはそれぞれ『水晶妃』、『紅玉妃』、『翡翠妃』、『琥珀妃』という称号が与えられ、王太子の寵を競い、後継ぎを孕んだ女性が正妃として王の横に並ぶことを許されるのだ。


「いずれ王となるヴァイス殿下のために、4人の上級妃は我が国の東西南北にある友好国から招かれました。ヴァイス殿下は歴史上まれに見るほどの魔力の持ち主。容姿端麗で人当たりが良い殿下であれば、4人の妃と良好な関係を築いて周辺諸国との絆を深めてくれると信じていました。けれど……」


「……ヴァイスが逃げちまったわけか。話が読めてきたぞ」


 シュバルツは天井を仰ぎ、お手上げとばかりに両手を上げた。


「王太子が妃を捨てて平民の女と逃げたなんて、絶対に許されざるスキャンダルだよな。集められた妃の顔に泥を塗ることになる。その妃が他国から嫁いできたとなれば国際問題にも発展するだろう」


「うむ……四方の4つの国から妃を募ったのが仇となった。もしも四つの国が結託して我が国に攻めてくれば、ウッドロウ王国は破滅することだろう」


 女官長から説明を引き継ぎ、グラオスが血を吐くような重い口調で断言する。


「……我が国は強国。たとえ戦いになったとしても、一対一であれば敗北はあるまい。だが……さすがに四方の国々と同時に敵対することはできない。戦争に発展するのは絶対に避けなければならぬのだ」


「だけど、戦争の火種が生じてしまった。火を消すことができる王太子は逃げ出して見つからないわけか」


「ヴァイスは後宮を設置することを反対していた。それでも、いずれは理解してくれると信じていた。多くの女性と関係を持つことは後継ぎを作り、良好な外交関係を築くために必要なことであると……後宮に通うことも王となる者の勤めであるとわかってくれると思っていたのに」


「…………」


「何故だ! どうして、ヴァイスはこんな馬鹿なことを……! ヴァイスはウッドロウ王国を滅ぼすつもりなのか……!?」


「フンッ……やれやれだな。息子の内心も推し量れないとは呆れるぜ」


 懊悩しながら叫ぶ父王に、シュバルツは鼻で笑った。

 どうやら……グラオス王も側近達もヴァイス・ウッドロウという人物の本質を理解できていなかったようだ。


 ヴァイスは正道を歩む男。正義を信じ、友を愛し、己が信念を貫くためにならば命を懸けることができる善人である。

 だが、ヴァイスが信じる正義が必ずしも国家の正義と一致するとは限らない。

 清廉潔白。潔癖すぎるほど純粋なヴァイスにとって、後宮という多くの女性と肌を重ねる場所は許しがたい存在だったのだろう。


 ヴァイスにとって愛する女性と2人で、手に手を取って逃げることは悪い事ではない。

 愛と正義、信念に沿った正しい行動なのだ。


(……アイツは理想的な人格者だったが、王としての適性はなかったのかもしれないな。『聖者』と『権力者』は相容れないってことか)


「なるほどな。ここまでの理屈は理解した。理解した上で訊ねるが……父よ、貴方は俺に何を期待しているのかな?」


 シュバルツはテーブルを挟んで対面にいる父親を半眼で睨みつける。

 予想が正しければ、これからシュバルツは非常にろくでもない頼み事をされることになるだろう。

 そして……その予想はすぐに現実のものとなった。


「……ヴァイスの駆け落ちは隠さねばならん。捜索隊を出しているが、どこに逃げたかわからないヴァイスを見つけるには時間がかかる。それまでの間、後宮の妃らを誤魔化す必要がある」


「…………」


「シュバルツよ、父としての頼みだ……ヴァイスの代わりに後宮に通ってくれ。弟のふりをして妃らを欺き、ヴァイスが発見されるまで時間を稼いでくれ」






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