第9話 国家滅亡の危機(上)


「……はい、お久しぶりですね。まだ父とお呼びしてもよろしいのですか?」


 シュバルツは父親の顔を見つめながら皮肉げに言う。

 5年ぶりに顔を合わせる父親の顔は記憶よりもいくらか年を取っており、頭にも頬もいくらか痩せこけている。

 シュバルツが生まれた時、王はすでに40歳を超えていた。すでに初老と言っていい年齢に足を踏み入れており、この5年間でさらに老いが進んだらしい。


「もちろんだ。出奔したとはいえ、お前は予の息子には違いない。王籍からも除籍はしていないからな。遠慮なく呼んで欲しい」


 穏やかな笑みを浮かべる父王であったが……その瞳には後ろめたさが浮かんでいる。

 どうやら、出奔してから5年間もほったらかしにしていた息子を今さら呼び戻したことに、罪の意識のようなものを感じているのだろう。


(何をそんなに暗い顔をしているんだか。息子の人生に責任を感じているのなら、遅すぎるだろうに)


 確かに、今さら呼び戻したのは身勝手なことである。

 だが、王宮を出奔することを選んだのはシュバルツ自身である。父王がそこまで罪悪感を持たずともよいはずなのだが……何か事情でもあるのだろうか。


「失礼いたします」


 シュバルツが考え込んでいるうちに、ここまで案内してくれた宰相が王の横に腰かける。

 同行した騎士は部屋に足を踏み入れることなく廊下に消えていくが、ユリウスだけが中までついてきて扉の横に立っていた。

 国王と宰相、騎士団長、正体不明の女性に……そして、シュバルツ。そうそうたる面々がそろった部屋に残されたユリウスは緊張しきった面持ちをしており、若干、涙ぐんでいるようにすら見える。


「お前も座るがよい。シュバルツよ、お前の5年間を聞かせてくれ。これまで何処で何をしていたか父に教えてはもらえないだろうか?」


「イスには座らせてもらおう……だが、話は手短に済ませようか」


 シュバルツはグラオスの対面のイスに座り、そっけない口調で手を振った。


「よほどの用件があって俺を呼び出したんだろ? お互い、仲良く話をするような関係じゃあなかったはずだ。さっさと本題に入ってくれよ」


「…………」


 拒絶するような息子の言葉に、グラオスが沈痛な面持ちになって黙り込む。

 円卓に座る他の3人が非難がましい目を向けてくるが……シュバルツは腕を組んだまま父親だけを見つめている。


「……そうだな。さっそくだが本題に入らせてもらおうか」


 グラオスは軽く溜息をついて、口を開く。


「お前をここに呼んだのは他でもない。現在、ウッドロウ王国はかつてない危機を迎えている。対応を間違えれば、国そのものが滅亡することもあり得るだろう。この国難を乗り越えるためにお前の力を貸してもらいたい」


「フンッ……」


 シュバルツは鼻を鳴らして唇を歪める。

 ろくでもない理由であるとは予想していたが……まさか国の危機を訴えてくるとは思わなかった。

 魔力が少なく冷遇されていた『失格王子』の力を必要とする苦難とは、はたして何を指しているのだろうか。


「興味深いな。ウッドロウ王国は大陸北方の覇者。豊かな資源と強固な軍を持ち、国土の四方を固めているのは友好国ばかり。それがどんな滅亡の危機を迎えているって言うんだ? 話してみろよ」


「…………」


 グラオス王は眉間にシワを寄せ、深く、肺の空気全てを吐き出すような溜息をついた。

 シュバルツが一度として見たこともない苦々しげな顔である。いったい、どれほどの苦悩を背負っているというのだろうか。


(親父のこの顔……どうやら、国家滅亡の危機というのは比喩じゃないらしい。大国であるウッドロウ王国を滅亡に追いやる『敵』ってのはいったい何だ?)


 シュバルツは緊張に表情を固くさせながら、グラオス王の言葉を待った。

 父王はしばし黙り込んでいたが……やがて重々しく口を開く。


「お前の弟が……ヴァイス・ウッドロウが家出をした」


「は……?」


「平民の女と一緒に駆け落ちしたのだ。行方も分からず、おそらく国外まで逃げている」


「…………」


 想像を絶するくだらない言葉に、シュバルツは言葉を失ってイスからずり落ちる。


 かつてない国難。ウッドロウ王国の滅亡の危機。

 その原因は……どうやら、双子の弟のスキャンダルのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る