第8話 因縁の帰参
「殿下! いつまで寝ておられるのですか!?」
「ああ?」
翌日、昼過ぎまで寝ていたシュバルツであったが、突如として扉が外から開かれた。
廊下に憮然とした様子で立っていたのは少年騎士改め少女騎士――ユリウスである。
「王宮に戻ってきてくださると約束したではありませんか! 早く準備をしてくだあああああああああああああああっ!?」
部屋に踏み込んできたユリウスが目にしたのは、布団の上で絡み合っている男女の身体。明け方まで行為に及び、そのまま眠っていたシュバルツとクロハの裸体である。
「な、なななななななななっ! 何をしているんですか貴方達はっ!」
「何って……ナニに決まってるだろうが」
寝起きで大音声を浴びせられ、不機嫌を絵に描いたような顔でシュバルツが身体を起こす。
布団がはだけ、シュバルツの下半身……男性を象徴する部位がユリウスの目に飛び込んでしまう。
「ふあああああああああああっ!? ふ、ふしだらですっ! いやらしいですっ! す、すすすすすすすすすスケベですっ!」
「……お前はここを教会か寺院とでも思っているのか? 娼館でやることヤッて何が悪いんだよ」
「ううっ……!」
ユリウスは両手で顔を覆って黙り込む。
シュバルツの言い分を理解したのだろうが……指の隙間からこちらを凝視しているのが丸わかりである。
「……早熟なガキだ。ムッツリスケベめ」
呆れたようにつぶやきながらも、シュバルツは立ち上がって服を着ていく。
身に着けるのは昨晩のうちに用意させていた貴族用のスーツである。普段は決して着ることがないであろうキッチリとした衣装へと着替える。
「……意外です。ちゃんとした服を持っていたのですね?」
「俺を未開の蛮人だとでも思っているのか? 私服で王宮に上がるほど礼儀知らずじゃないさ……つまらないことで親父に付け入る隙を見せたくもないしな」
自分を見限った父親のために着飾るのではない。
出奔したシュバルツが落ちぶれたなどと舐められないために、あえて礼服に身を包むのだ。
「それじゃあ……行ってくる」
「ええ……気をつけてね」
簡素な別れの言葉をかけると、布団にくるまったクロハがはんなりと応えた。
これが今生の別れになるとは限らないが……シュバルツもクロハも明日も知れない裏社会の人間である。
視線だけで万感の想いを伝え、そっけなさすぎる別れを済ませた。
「さっさと行くぞ。迎えの馬車は用意してあるんだろう?」
「へ、あ……はい! 表に停めてあります!」
さっさと廊下を歩いて行くシュバルツをユリウスが慌てて追いかけた。
2人は店の前に停めてある馬車に乗り込み、そのまま色街を出て王宮へと向かう。
「…………」
「…………」
馬車の中で向かい合った2人は無言だった。
シュバルツは久しぶりに向かう王宮――自分の生まれ育った場所へと思いを馳せている。
対して、ユリウスは顔をうつむけていたかと思えばシュバルツの顔を盗み見て、顔を真っ赤にしてまた顔を伏せている。
どうやら……先ほどの裸体を思い出してしまったらしい。
年端もいかない少女騎士には刺激が強すぎる光景だったようである。
数時間ほど馬車に揺られ、目指す王宮へとたどり着いた。
「ここは……裏門じゃないか」
しかし、馬車で連れてこられたのは王宮の裏門だった。
裏門にも警備の人間はもちろんいるものの、大通りに面した正門と比べて人通りは疎らである。
「それが……国王陛下より、裏門からお連れするようにと命令されまして……」
ユリウスが申し訳なさそうに言う。
その反応にシュバルツは怪訝に目を細めた。
(出来るだけ人目につかないようにしているのか? 俺が帰還したことがバレたら困る事情でもあるってのか?)
「おお! シュバルツ殿下、お帰りなさいませ!」
裏門が開き、文官らしき男が進み出てくる。
その顔には見覚えがあった。国王の側近――宰相職についている男である。
「ご帰還を長らくお待ちしておりました! さあさあ、さっそく国王陛下にお会いくださいませ!」
「…………」
白いヒゲを生やした年配の文官が先導して、シュバルツを王宮の奥へと導いていく。
移動中、シュバルツの周囲を数人の騎士が取り囲んでいる。それはシュバルツが逃げないようにしているというよりも、周囲の人目から覆い隠しているように見える。
(やはり俺の存在を隠したいのか……いよいよ、生きて帰れるかわからなくなってきたな)
何か後ろ暗い事情でもあるのだろうか。父王の妖しい思惑を感じながら、シュバルツは王宮の奥へと進んでいった。
シュバルツが通されたのは王宮の奥にある一室である。謁見室でもなければ執務室でもない。シュバルツが来たことのない部屋だった。
部屋の中央には円形のテーブルが置かれており、その周囲を囲むようにしてイスが並べられている。内装からして会議室のような部屋だろうか。
部屋の中には3人の人間がいた。
1人目はかつて王位継承戦で審判を務めていた男。近衛騎士団の長である。
2人目は見知らぬ女性。年齢は60代ほどで、飾り気のない簡素なドレスを身に着けていた。ブラウンの髪には白髪が混じっており頭の後ろで丁寧に纏められている。
そして……問題は3人目。それはシュバルツが良く知る顔だった。
「……よくぞ帰ってきた、息子よ」
ウッドロウ王国国王――グラオス・ウッドロウ。
シュバルツとヴァイス。双子の王子の父親である男が最奥のイスに腰かけていたのである。
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