第6話 少さな騎士の覚悟
「じょ……冗談ですよね?」
「冗談を言っている顔に見えるか? 心外極まりないな」
怯えたように縮こまって肩を震わせるユリウスに、シュバルツは嘲るように口端を吊り上げた。
その表情は獲物を弄ぶように楽しげだったが、眼光は鋭い。確かに冗談を言っているような顔ではなかった。
「僕を抱きたいだなんて……シュバルツ殿下には衆道の趣味があるのですか?」
『衆道』というのは、つまるところの同性愛。男性が男性を愛する行為を指している。
権力者の中には特殊な趣向を持っている人間がいるとユリウスも聞いたことがあったが、よもやシュバルツに少年を愛する趣味があるとは思わなかった。
「ハッ! あるかよ、そんな趣味!」
「だったらどうして……」
「俺の目を誤魔化せると思っているのか? お前、女だろ?」
「っ……!」
ユリウスが大きく目を見開いた。
思わず胸元で両手をクロスさせて後退ってしまうが……その反応こそが、シュバルツの予想が正しいことを如実に語っている。
「王宮を出て5年。色街に住み着いて3年。俺が抱いた女は千に近い。俺を相手にして男のフリができるなんて思うなよ。抱いた女の数が違うんだよ」
「そ、それはちっとも誇ることじゃないと思いますけど……」
得意げに胸を張るシュバルツに、ユリウスが顔をひきつらせた。
シュバルツの言った通り、ユリウスは男装している少女である。
ユリウスの生家は代々騎士を輩出してきた部門の名門なのだが、両親はずっと子宝に恵まれることなく、ようやく生まれた子供も女児だった。
女性は騎士になれないというわけではなかったが、やはり男性社会の騎士団において風下に立たされることは避けられない。
そこで……ユリウスは性別を偽り、男性のフリをして騎士団に入ることになったのである。
「父親……騎士団長が命じたのか? 自分の娘に随分と無体な真似をするじゃないか」
「違います! これは私の意思、自分の考えで男装したんです!」
「ふうん?」
「僕が女に生まれたせいで、代々の騎士の家系が途絶えてしまうかもしれない……そんなことはあってはならない! 家を乗っ取ろうとしている親戚なんかに家督を渡すわけにはいかないんです!」
どうやら、複雑な事情があるようだ。
もっとも……それはシュバルツの興味の外にあることだが。
「お前の都合は知ったことじゃないけどな……それで、どうするつもりだ? 俺に抱かれる覚悟はできたか?」
「…………」
「皮肉な話ではあるよな。騎士になるために男に扮して騎士団に入ったのに、騎士として忠義を貫くために女として抱かれる必要があるんだから」
「僕は……」
ユリウスは即答することができず、言葉を噛んだ。
王命を果たすためにはシュバルツに抱かれなくてはならない。だが……そのためには、女に戻る必要がある。
騎士になるために捨て去った『女』を拾わなくては王命を遂行できない。迷いと躊躇いがユリウスの心を苛んだ。
「僕は……その……でも、やっぱり……」
「ははっ」
ユリウスが答えに迷っているのを見て、シュバルツは苦笑した。
本気でユリウスを抱こうとしたわけではない。目の前の少年騎士――もとい少女騎士が同意できないだろうと見越して、追い返すためにこんなことを言ったのだ。
「さっさと帰りな。そして……親父に伝えとけ。『用があるのならテメエが来い。今さら、偉そうに俺を呼びつけるな』ってな」
「…………」
「さあ、お客様のお帰りだな。クロハ、店の玄関まで送ってやって……」
「待ってください!」
シュバルツの言葉を断ち切って、ユリウスが悲鳴のように叫ぶ。
そして……自分の上着に手をかけ、わずかな躊躇いの後に首元までまくり上げる。
「おおっ!?」
「抱かれますっ! 殿下に抱かれますから……お願いだから、王命に従ってください!」
上着を脱ぎ捨てたユリウスの上半身を守っているのは胸元に巻かれたサラシだけ。グルグルに締めつけられた小さな乳房が露わになる。
「お、お父様が言ってました! 騎士は死も恥も恐れない。主君のためになら全てを捨てることができるのだと……騎士として王命を果たすためならば、僕は女になることだって厭いませんっ!」
「…………参ったな。どうやら、俺はガキだと思って見くびっていたらしい」
シュバルツが見ている前で、ユリウスはベルトを外してズボンまで脱ぎ捨てた。どうやら覚悟を決めたらしく、いっそ清々しいまでの脱ぎっぷりである。
下着姿になったユリウスはそのまま胸を覆っているサラシに手をかけ、なだらかな丘陵を解き放とうとして……
「はい、そこまでだ」
「わっ!?」
シュバルツの投げた黒いコートがユリウスの頭にかぶさり、未発達な身体を覆い隠した。
「俺から提案しておいて申し訳ないが……初花が咲いているかもわからないガキは抱けないよ。まったく……」
「しゅ、シュバルツ殿下……?」
「俺の負けだ。了解した……お前に王命を果たさせてやるよ」
シュバルツは両手を上げて降参を宣言した。
年端もいかない少女が覚悟を見せたのだ。シュバルツが駄々をこねるわけにはいかない。
「そ、それじゃあ……」
「喜べよ。王宮に帰ってやる。お前の申し出通りにな」
表情を輝かせるユリウスに、シュバルツは諦めたようにそう宣言したのである。
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