第5話 帰参命令
「…………はあ?」
父親の……国王からの命令を聞き、シュバルツはあからさまに表情を険しくさせる。
明らかに苛立った顔つきになり、手の平で畳をバシリと叩く。
「5年間もほったらかしにしておいて、今になって帰ってこい……意味がわからないな。出奔した直後に追手がかかるのはわかるんだが、どうして今更になって帰参を命じてくるんだよ」
「それは……」
「説明しなくてもいい。だいたい想像はつくからな。5年前は俺のことが……魔力無しの『失格王子』が必要なかったから、出奔しても放っておいた。だけど、最近になって俺に利用価値ができたから帰ってこいと言ってるんだろ? はっ、ふざけた話じゃねえか!」
「っ……!」
シュバルツは顔を憤怒の形相に歪めた。
秀麗な顔が悪鬼羅刹のように殺意を湛えた顔になり、目の前にいるユリウスは脳裏で己の死を幻視する。
「いけませんよ、バルト様」
しかし……そんなシュバルツの手にたおやかな女性の手が重ねられた。
隣に座っていたクロハがシュバルツの手を握りしめたのである。
「怒りを抱くのは仕方がありません。殺意を抱くのも無理はないでしょう。ですが……それは子供に向けて良い感情ではありません」
「…………」
「どうか御心を鎮めてくださいませ。感情のままに振るわれる剣は獣の剣。バルト様が目指す頂とは程遠いはずです」
「……わかっているさ。悪かったな、声を荒げちまって」
クロハの説得が心に届いたらしい。
シュバルツは荒ぶっていた心を鎮め、大きく深呼吸をする。
「使者であるお前を怒鳴りつけても意味がなかったな。謝罪するよ」
「い、いえ……とんでもありません。殿下……」
ユリウスは絞り出すように声を発して……モジモジと自分の太腿をすり合わせる。
あと少し、睨まれている時間が続いていれば漏らしていた。王族の前であることも忘れ、失禁していただろう。
辛うじて……あと1歩というところで踏みとどまることができた。ユリウスは安堵の溜息をつく。
「で、では王宮には……」
「それとこれとは話が別だ。王宮に帰るつもりはない」
「へっ……?」
「あそこはもう俺の帰る場所じゃないんだよ。親父の命令なんて知ったことかよ」
シュバルツは断言する。
5年前に王宮を出奔した時より、もうそこには戻るまいと覚悟を決めていた。
ましてや、自分をいないものとして放置していた国王の、いまさら過ぎる要求になど付き合うつもりはない。
「……王命に背くのですか!? それがどういう意味だか分かっているんですか!?」
キッパリと拒絶したシュバルツに、ユリウスが愕然として声を上げた。
騎士になったばかりの少年にとって、王の命令とは絶対的なものである。逆らう人間がいるなんて信じられないことだった。
しかし……それはあくまでもユリウスの価値観である。
王族に生まれながら不必要な存在とみなされていたシュバルツにとって、王命に従うなど鳥肌が立つような忌まわしい行為だったのだ。
「ここにいるのは王族のシュバルツ・ウッドロウじゃない。『遊び人のバルト』だ。魔力無しの王子に何の用があるのかは知らないが……他を当たってくれ」
「っ……!」
ユリウスが唇を噛みしめてうつむいた。
王の命令によってシュバルツを連れ戻さなくてはいけない。
けれど、王子を力ずくで連れ戻すことなどユリウスにできるわけがない。
そんな許可は与えられていないし、先ほどのオーガとの戦いを見る限り、それができるとも思えなかった。
「どうしても……ダメでしょうか? 僕の出来ることだったら何でもします。どんな対価でも支払います。だから、どうか……」
「……どうしてそこまでするのか全くわからないな。自分の子供をまともに愛せない王のために、そこまでしてやることもないだろうに」
「僕は騎士です。父も祖父も、一族代々が騎士の家系です。陛下の命令を僕が背くわけにはいかないんです! だから……殿下、どうか王宮に帰ってきてください。僕に騎士の忠義を果たさせてください!」
「ふうん、酔狂なことだな。ガキの意地に付き合わされるのも時間の無駄だが……」
シュバルツは畳の上に胡坐をかいて、考え込む。
目の前の少年の願いを一蹴することなど容易いことである。
だが、涙目になって忠義を訴えるユリウスを力任せに追い返すのも気が引けた。
「……ああ、そうだ。良い事を思いついた」
しばし思案するシュバルツであったが……ふと何かを思いついたらしく意地悪く笑う。
「何でもすると言っていたよな? それじゃあ……こういうのはどうだ?」
「な、何でしょうか……?」
いかにも悪そうな笑みを浮かべるシュバルツに、ユリウスは恐る恐る訊ねた。
シュバルツは怯えるユリウスの顔を一通り楽しんでから、口を開く。
「俺を王宮に連れ戻したいっていうのなら……お前の身体で誘ってみやがれよ」
「え……?」
「服を脱いで裸になれ。そっちの壁に手をついて尻を向けろ。俺の愛人になって抱かれるのなら、お前の言う通りに王宮に帰ってやろうじゃないか。お前がそれを出来るものならな」
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