第1話 闇に生きる男
その日、その屋敷では醜悪な宴が開かれていた。
「いやあああああああああっ!」
「やだやだやだっ! 誰か、たすけてえええええええっ!」
屋敷に甲高い悲鳴が響き渡った。
悲鳴を発したのは、いずれも年端もいかない少女ばかりである。
屋敷の中央にあるパーティーホールで、大勢の少女が裸に剥かれて男達から狼藉を受けていた。
身なりの良い服を着た男達が裸の少女に鞭を打ち、首輪と鎖をつけて床を引きずりまわしている。大勢で1人の少女を囲んで代わる代わるに犯している。
少女らに手をつけていない男も、乱暴される被害者を助けることなく、料理やワインに舌鼓を打ちながら笑顔で卑劣な行為を鑑賞していた。
そのあまりにも暴力的で悪趣味な饗宴は、正常な感性の持ち主であれば目を覆い、顔を背けたくなるものだった。
しかし、その参加者らはいずれもニタニタと醜悪な笑みを顔に貼り付けており、幼い少女を弄ぶことを愉しんでいる。
「ほっほっほ! 今回の集まりも盛況ですなあ!」
「流石は侯爵家主催の催し。高位貴族が開くパーティーは豪勢でございますね」
パーティーの参加者が口々に主催者を褒め称える。
大勢の称賛を浴びて得意げに笑っているのは、パーティー会場の中央にいるでっぷりと太った男性だった。
「グフフフ……やはり女は熟す前の青い果実に限る。趣向を同じくする同志らと今日も『料理』を囲むことができ、心より嬉しく思いますぞ」
タプタプと脂肪を揺らしながら笑っているのは、この醜悪な夜会の主催者であるデイナード侯爵である。
デイナード侯爵は巻き毛のカツラを被り、腹部のボタンがはち切れんばかりになった豪奢なスーツを身につけていた。
初対面の人間でも、金に物を言わせて贅沢三昧をしているだろうとわかる容姿である。
ある国の上位貴族であるこの男は、定期的に自分と性癖を同じくする『同志』を集めて、欲望のはけ口となる催しを開いていた。
パーティー会場には大勢の少女らが集められている。彼女達はいずれも親に売り飛ばされ、あるいは侯爵の部下によって誘拐されてきた被害者だった。
侯爵は非合法なやり方で集めた少女らを同志と一緒に痛めつけ、弄んで楽しんでいるのである。
金を手に入れ、地位を手に入れた人間の中にはスリルや快楽を求めて、道を踏み外してしまう人間がいるものだ。
このパーティーの参加者はいずれもそんな男達。貴族であったり、豪商であったり、役人であったり……表社会において有力者として知られる人間ばかりである。
ここはそんな高い身分を持った男達が隠された欲望を満たし、少女の身体と人生を食い物にするための場であった。
「さあさあ! お集まりの皆様、もっと乱暴に扱っても構いませんぞ! どうせ明日には
デイナード侯爵が高々と叫び……杖で近くに倒れていた少女の頭を殴りつける。
「ガッ……!」
「愉快ですなあ、他人の人生を弄ぶのは! 爽快ですなあ、美しく無垢な少女らを踏みにじるのは! これこそが選ばれた者の遊び! 成功者たる者の嗜好だとは思いませんか!?」
「アッ……やめ……たすけ……!」
勝手極まりない理屈を述べながら、デイナード侯爵が少女を杖で打ちつけた。
少女がうめき声を上げながら助けを求めるが……その場にいる男達は誰もが侯爵の暴力を笑顔で眺めている。
やがて数十発も殴られ、ボロ雑巾のようになった少女が床に転がることになった。
「かみ、さま……」
意識が朦朧とし、いつ死んでもおかしくないような状態となった少女が神に救いを求める。
天井からぶら下がったシャンデリアに力なく手を伸ばし、腫れあがった眼から涙を流す。
「たすけて、ください……おねがい……します……たすけて……」
その少女は生まれて初めて、本気で神に祈る。
少女は親のいない『みなしご』であり、とある孤児院で生まれ育った。
貧しく、満足に食べ物も得られない生活を必死に生き抜き、侯爵家の使用人見習いとして引き取られ……その果てに邪悪な男達の玩具にされてしまった。
少女は己の人生を呪いながら、それでも苦しみから逃れるために神に救いを求める。
「たすけてください……おねがい……たすけて……」
けれど、そんな願いは神には届かない。
もしも神が地上をしっかりと見守っているのであれば、こんな堕落しきった男達に地位や権力を与えることはないだろう。
少女の祈りは届かない。
だが……祈りが届かずとも、救いは確かに訪れた。
「あ……?」
それは誰が発した声だろうか。
突如として、パーティーホールの扉が開いて1人の男が入ってきた。
厳密に言うと……その人物が男であるかどうかはわからない。
その人物はフード付きの黒衣をまとい、顔の上半分を銀色の仮面で隠していたのだから。
「誰だ、貴様は! 誰の許可を得てここに入ってきた!?」
会場の警備をしていたデイナード侯爵の部下が、黒衣の人物に怒鳴る。
それを見て……パーティーの参加者は、黒衣の人物の登場が催しの一部ではないことを悟った。
「おかしな格好をしやがって! 侯爵様のパーティーに勝手に入るなんて無礼なことを! 表の連中は何をやって……」
警備の人間が黒衣の人物に掴みかかろうとするが……それよりも先に銀の閃光が走った。
黒衣の人物が一瞬で腰の剣を抜き放ち、警備の男の首を斬り飛ばす。
「外の人間はみんな死んだ。俺が殺した」
「へ……?」
突如として起こった惨劇に参加者から呆けた声が上がる。会場の片隅で生じたざわつきは、やがて大きな騒乱へと変わった。
「うわあああああああっ!?」
「なんだ、何が起こってるんだ!?」
「誰か、誰か助けてくれえええええええっ!」
先ほどまでか弱い少女らを嬲っていた男達が、みっともなくも悲鳴を上げて逃げようとする。
「……呆れたな。さんざん好き勝手やっておいて。この期に及んで逃げるのかよ」
黒衣の人物は呆れたように息をつき、少女を放り出して逃げる男達に刃を振るう。
半裸の男、身なりの良いスーツ姿の男を次々と斬殺していく。
狩る者が狩られる者に。
強者が弱者に変わった瞬間である。
「わ、私の夜会が……選ばれた者の饗宴が……!」
会場のあちこちで上がる血しぶきに、デイナード侯爵が呆然とつぶやく。
自分達は奪う側。一方的に弱者を嬲る側のはずだった。
それなのに……そんな選ばれた人間であるはずの自分達が黒衣の男に狩られていく。
その事実を受け入れることができず、逃げることも忘れて呆然と立ちすくんでしまう。
結果的に、それがデイナード侯爵の命をわずかに伸ばすことになった。
黒衣の人物は逃げる男達を優先的に斬り殺していったため、デイナード侯爵は最後に残されることになったのだ。
「さて……これで残すところはお前だけだな。言い残すことはあるか?」
「き、貴様っ! 私に、高位貴族である私にこんなことをしてタダで済むと思っているのかっ!?」
「……それが遺言とはつまらない人生だったな。ここで開かれていた夜会のように」
「何者だ!? 貴様はいったい誰に雇われたのだ!? 金だったらいくらでも払ってやる! 私だけでも助けて……」
「『
「っ……!?」
喚いているデイナード侯爵の言葉を断ち切り、黒衣の人物が淡々とした口調で告げる。
「俺は……俺達は『夜啼鳥』。お前のようなクズを専門的に狩る義賊だよ」
「まさか……貴様が、あの噂の殺し屋集団だと言うのか!?」
『夜啼鳥』はこの国において、怪談に登場する化け物のような存在だった。
実在しているのかはわからない。だが……その正体不明の一団は、名のある山賊や悪徳貴族、道を踏み外した人間を次々と暗殺していることで知られている。
「わ、私は選ばれた人間だぞ!? そんな悪党どもとは違う! 貴様らに狙われるような低俗なギャング共とは違うのだ!」
「クズはみんな、そうやって命乞いをするんだよ。さんざん他人の命を貪ってきたんだ。自分の番が回ってきたくらいで騒いでるんじゃない」
「私は……!」
「
瞬間、目にも止まらなう速さで白刃が振るわれた。
黒衣の人物が手にしていた剣がデイナード侯爵の首を刎ね、天井近くまで真っ赤な鮮血が上がった。
遅れて、ゴロリと胴体から離れた頭部が床に落ち、胴体もゆっくりと後方に倒れていく。
先ほどまで醜悪な宴が開かれていたパーティーホール。
そこに残されたのは返り血を浴びた『黒衣』と、男達に弄ばれて床に倒れている少女達だけである。
「終わったぞ。後は任せた」
「畏まりました。いつもながらに見事な手際ですねえ」
『黒衣』が誰にともなく呼びかけると、先ほどまで誰もいなかったはずの場所に新たな人物が現れる。
髪の長い女性である。黒い髪をポニーテールにして纏めており、服装はどこかの民族衣装のような前合わせの服装。口元を頭巾でマスクのように隠している。
それは東方の島国において『ニンジャ』や『シノビ』などと呼ばれる人間達の姿に酷似していた。
「それにしても……酷い有様だな。聞きしに勝る外道の輩め」
パーティーホールを見回して、『黒衣』が侮蔑の言葉を吐く。
義賊として知られる『夜啼鳥』の標的になったこの夜会は、事前に話を聞いていた通りに醜悪な宴であった。
権力者が力のない少女を嬲り、容赦なく食い物にしている。
それは『黒衣』が義賊でなかったとしても、看過しておくことができない醜悪を極めた行為であった。
「この娘達も、これまで犠牲になった娘達も……明るい未来があったはず。こんな場所でクズ共に嬲られて犠牲になっていいわけがない」
「あ……ま……」
「ん?」
ふと聞こえたうめき声に視線を下げると、『黒衣』の足元に傷だらけの少女が縋りついていた。
顔は腫れあがっており、全身に青い打撲痕。先ほど、デイナード侯爵に杖で滅多打ちにされていた少女である。
「あなたは……かみさま、ですか……?」
「……違う」
少女の痛ましい姿に『黒衣』が仮面の下で表情を歪める。
膝をつき、腫れあがった少女の顔を労わるように撫でつけた。
「神ではない。だが……君は救われた。もう苦しまなくてもいいから、眠りなさい」
「あ……」
少女は安心しきったような表情になり、言われた通りに瞳を閉じた。
『黒衣』はしばし眠りについた少女を見つめていたが……不意に顔を上げて忍者の女に声をかける。
「クロハ、この子達はこれからどうなるんだ?」
「……攫われてきた娘、帰る場所がある娘達は家に帰ってもらいます。そうでない子は、ウチの店で引き取って働いてもらいますわ」
「そうか……まあ、こんな場所にいるよりもよほどマシか。生きていれば、いずれ陽の光を浴びる日も来るだろう」
忍者の女性……クロハと呼ばれた女の返答に、『黒衣』は頷く。
パーティーホールの扉が開き、外から何人かの人間が入ってきた。
デイナード侯爵を助けにきた応援……などではなく、『黒衣』と同じく『夜啼鳥』に所属する仲間である。
この場に駆けつけるべき侯爵家の使用人や警備員はもはやいない。全員、すでに『黒衣』と仲間達によって始末されていた。
『夜啼鳥』の構成員は傷ついた少女達に簡単な応急手当てをして、外に運び出していく。
そんな光景を眺めつつ……『黒衣』は顔を覆っていた銀色の仮面を外した。
「……この国の闇にはこんなクズが隠れ潜んでいたんだな。俺は何も知らなかった……失格者とはいえ、一応は王子だったのにな」
仮面の下から現れたのは、かつてこの国の王子であった少年の顔。
5年の歳月を経て成長して大人びた顔立ちになった『失格王子』──シュバルツ・ウッドロウである。
シュバルツは憂いを込めた目でパーティーホールを見回して、鬱屈とした溜息を吐くのであった。
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