迷探偵Tの事件簿 ~湯けむり温泉旅館編~
1話
ノインは商店街の福引を引いていた。
「当たったあ! 温泉旅館の無料チケット!」
「一生分の運を使い果たしちゃったんじゃない?」
「こんな幸運が来ると次はでっかい不幸が来るんじゃないかと疑っちまうぞ」
「そういえば、あなた不幸体質って設定だったわね」
「温泉行けるのか⁉」
「楽しみ。初めて行く」
「じゃあ行くか!」
バスに乗って山奥の温泉に着いた。
「中々いい旅館じゃない」
「見て! 中も素敵だよ!」
和風のロビーで女将さんが出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
「「こんにちは~」」
「お部屋は205号室です」
ルームキーを受け取って部屋に向かう。
「わ~、ちゃんと五人分の布団が敷ける広さ!」
「部屋からの眺めもいいわね。ちょうど紅葉してる」
「紅葉、綺麗」
「さあ先に温泉に入りましょ」
女湯。
「モ、モモちゃん、い、意外と着やせするタイプなんだね!」
「そう?」
男湯。
「気持ちいい」
「あ~、足が伸ばせる風呂ってサイコー」
「俺、泳げるぜ!」
「おい、ロッソ。温泉で泳ぐのはマナー違反だぜ」
「そうなのか。分かった。泳ぐのは止める」
温泉から出ると食事が用意されていた。
「ん~。美味い!」
「刺身美味しい」
「こっちの茶碗蒸しも美味だわ」
「お肉は黒毛和牛だって! すごく美味しい!」
「温泉では卓球をするもんだぜ」
ノインとロッソ、モモちゃんとシアンがペアになって温泉卓球を始めた。
ロッソ、シアンは初心者ながら意外と動け、良い勝負になっている。
最後はモモちゃんのスマッシュで勝負が決まった。
「すげえな、モモちゃん。俺を負かすとは大したもんだ」
翌朝、ノインは朝風呂に入りに行った。
男が湯船にうつ伏せになっていた。
「おい、大丈夫か?」
ノインは男を湯船から出し、脈を確認する。
心臓の音がしなかった。
「し、死んでる⁉」
こうして第一発見者をノインとした「湯けむり温泉殺人事件」が幕を開けたのだった。
「事件だよ、これは!」
葉月は探偵ルックになり、虫眼鏡を被害者に向ける。
被害者は夫婦で旅行に来ていたユウイチという男性で、今は下半身にタオルが巻かれ、脱衣所のベンチに寝かされていた。
ユウイチの妻・リサは泣き崩れていた。
「一体、誰が夫を……」
「奥さんはあんなに泣いてるけど、被害者と一番関係が深いから、怪しいといえば怪しい」
葉月は容疑者を絞っていく。
「第一発見者のノインだって怪しいわよ」
「おいおい、モモちゃん、俺を疑うってのか? 俺はこのおっさんとは初対面だぜ」
「確かに、ノインにはユウイチさんを殺す動機がない……」
「そうだ、ノインさんの訳がねえよ!」
「被害者とノインの間に温泉に入りに来た人物が分かればいいんだけど」
葉月は支配人に頼んで監視カメラを見せてもらうことにした。
監視カメラは温泉の入り口、男女で分かれる暖簾がかかっている所に設置されている。
確認してみると、ノインとユウイチの間に風呂に入った者はいなかった。
「じゃあ犯人は誰⁉」
そこへ警察が到着した。
「ヒートショックですね」
遺体を検分した科捜研の女が一言、そう言った。
「ヒートショック?」
「温かい室内から寒い露天風呂へ移動する際、熱を奪われまいと血管が縮み、血圧が上がります。お湯に浸かると血管が広がって急に血圧が下がり、血圧が何度も変動することになります。血圧の変動は心臓に負担をかけます。それで起こるのがヒートショックです」
「はへ~、科捜研すごい」
名探偵の出番はなく、普通に温泉旅行は終わった。
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