幕間

私には忘れられない人がいる。

 私はその人を「先生」と呼んでいた。


 妻と子を持った今でも先生への気持ちは変わらない。

 彼女は形あるものは何も残していかなかった。写真の一枚もなかったが、彼女の美しさは私の脳裏に焼き付いている。



 ある日、家族旅行で京都の嵐山に桜を見に行った。

さすが桜の季節の京都、周りは人で溢れていた。

 露店が並んでいる通りを歩いている時だった。向かいの道路から歩いてくる集団の中の一人を見て、思わず目を疑った。

 先生が、あの頃と変わらない姿で歩いていたのだ。

「ごめん、仕事先に伝達しないといけないこと思い出したから、先に公園行ってて。あとでまた連絡するから」

 私は咄嗟に嘘を吐き、すぐに先生の後を追った。



「先生!」

 振り返らなかったので、今度は彼女の名前を呼んだ。

「モモ子先生!」

 先生は振り返って、一瞬驚いたようだが、軽く微笑んだ。

 そして、何も言わずに人混みの中に戻って行った。


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