第101話 記憶
寿子さんの家にやってきた日の夜客間に二つの布団が並べられていた時はもう無理かもしれないと思ったが、少しずつ寿子さんの扱い方がわかってきた俺は、その後大きな問題を起こすこともなく最終日を迎えていた。
そして最終日となった今日、すでに辺りはオレンジ色に染められ始め、あと少しで暗くなり始めてしまうのでもう寿子さんの家から帰らなければならない。
そんなタイミングで真白は突然俺に提案してきた。
『颯一君、最後に行きたいところがあるんだけど一緒に行かない?』
そう提案された俺は真白についていくことにしたのだが、なぜ最終日の滞在時間もあと僅かになったタイミングでそんな提案をしてきたのだろう。
この一週間でその『行きたいところ』とやらに行くタイミングはいくらでもあったと思うのだが。
そんなことを考えながらあえて質問することはしないまま真白の後をついて行き、到着したのは殺風景で人の気配が全く感じられない神社だった。
「ここね、花火大会の日はよく花火が見えるの。私たちがここにいる期間に花火大会が無かったからここで花火を見ることはできないけど、せっかくだから颯一君と二人で来たいなと思って」
「てことは写真の男の子と花火を見た場所もここなのか?」
「うん。花火大会当日は屋台も出たりしてね、すごく賑わってるんだよ」
「へぇ。そりゃ楽しそうだな」
祭りの風景を想像するだけで楽しい気分になる。
神社には多くの屋台が並べられて、大勢の人が行き交い、そして花火を見ながら屋台メシを食べて、夏の思い出にするにはもってこいのイベントだ。
そんなイベントに子供の頃来ていれば、それは一生頭から離れることのない大切な思い出になったことだろう。
「楽しすぎて楽しかったってことしか覚えてないのは落とし穴だったけどね」
「そうだな、せめてその男の子の名前は覚えておきたかったな。それよりなんでこんな家に帰る直前にここに来ようって言ってきたんだ? 来ようと思えば初日にでも来れただろうし、そのほうが時間にも余裕があっただろうに」
「今日がね、私が子供の頃花火大会を見た日と同じ日なんだって。まさかそんなことはないだろうけど、もしかしたらその子もこの神社に来てないかなって思って」
真白の言う通り、写真の男の子が今日この神社に来ているなんてことは絶対に無い。
それでも僅かな期待を膨らませ、今日という日を選んだ気持ちもわからなくはなかった。
「今日来てなかったとしても、どこか別の場所で別の花火を見てる可能性はあるかもな」
「……そうだね。夏なんてほとんど毎日どこかしらで花火大会やってるしね」
「……よし、早く帰らないと琥珀さんに怒られるしもう帰ろうか」
俺がそう言うと、真白は寂しそうに「うん」と呟いた。
そして寿子さんの家に向かって歩き出した瞬間、真白はバランスを崩し転倒しそうになる。
「キャッ⁉︎」
「おっと⁉︎」
俺は真白の手を咄嗟に握り、真白が転倒するのを防いだ。
「だ、大丈夫か?」
「うん、ごめん……。ボーッとしてた」
「大丈夫ならよかった--」
真白が転倒せずに済んで良かった。
そう安堵した瞬間、俺は全く同じ場所で、全く同じシチュエーションに遭遇したような気がして辺りを見渡す。
うん、やっぱり俺はこの景色を見たことがある。
そして俺は自分の記憶を蘇らせようと必死に頭を働かせ始めた。
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