第102話 伝えたい想い
『君が娘と結婚してくれたら父親としては安心だな』
神社で転びそうになった真白を咄嗟に掴んだ俺は、そのシチュエーションに既視感を覚えると共にそんなセリフを言われたことを思い出した。
そうだ、そうだそうだそうだ。
今になってようやく思い出してきた。
昔の賑やかだった雰囲気と違いすぎて気付かなかったが、俺は昔この殺風景で人気の無い神社に来たことがある。
先ほど真白から聞いた話でイメージしていたように、屋台が立ち並び大勢の人で賑やかだった時に、真白と、真白の父親と一緒に来ていたのだ。
昔この辺りの旅館に家族で遊びに来たとき、旅館に到着してから大雨が降ってしまい道が寸断されてしまいしばらく身動きが取れない状況となってしまった。
ずっと旅館で待機しているのも暇だった俺は、旅館の近くにあるこの辺りで遊んでいたのだ。
その時に出会った女の子が真白だったのである。
玄関に飾られていた写真に写っていた男の子は他でもない俺自身だ。
よく考えてみれば寿子さんの家の外見も見覚えがある。
昔真白と真白の父親と一緒にこの神社にやってきた俺は、浴衣を着た真白に見惚れてしまいずっと真白のことを見続けていた。
そのおかげと言っていいのかどうかはわからないが、浴衣を着ており下駄を履いていた真白がバランスを崩しそうになったことに気づき、咄嗟に真白の手を掴んだ。
それを見た真白の父親が俺に『君が娘と結婚してくれたら父親としては安心だな』と言ってくれたのだ。
たったそれだけのことなのに、あの時の俺は本気で真白と結婚する気でいたんだったな……。
こんなに大切な記憶を忘れてしまっていた自分が腹立たしい。
それにしてもそうか……。
俺が死んであの世に行く時は必ず真白の父親に挨拶をしようと考えていたのだが、すでに会っていたんだな……。
思い出したと言っても全てを思い出したわけではないので、真白の父親とした会話で思い出したのはそのセリフだけだが、とても優しい人だったような気がする。
多くを思い出したわけではないのにそう思うということは、真白の父親は優しい人だってのだろう。
(……どうなるかはわかりませんが、真白と結婚できるように頑張ります)
もしかしたら今、大きくなった俺と真白がこのじんじゃにやってきたのをどこかで見ているかもしれない真白の父親に、伝わるはずもないのにそんなことを伝えずにはいられなかった。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
真白にはまだこのことは話さないでおこう。
昔の男の子だって分かったらそれだけで好感度が上がってしまうような気がする。それは卑怯な気がするから。
だからこれは、俺たちが付き合ってから話すことにしよう。
そう考えながら俺たちは神社を後にした。
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