第93話 写真の人物

 世の中のおばあちゃんと呼ばれる人々が到底口にしなさそうな言葉を、真白のおばあちゃんは躊躇することなく言って見せた。

 その言葉を聞いた俺は琥珀さんの時のように『そんな言葉は言わないでください』と制することもできず固まってしまう。


 固まって言葉を発することもできなくなってしまった俺より先に口を開けたのは真白だった。


「おばあちゃん⁉︎ えっ、おばあちゃんってそんなお母さんみたいなこと言う人だったの⁉︎」


「ああそうだよ? 琥珀がああなったのは私の責任だからね。琥珀より酷いと思うよ」


「お母さんより酷い⁉︎ おばあちゃんが⁉︎ それって社会的に大丈夫なの⁉︎」


「大丈夫大丈夫。井戸端会議なんてみんなそんな話ばっかしてるんだから」


「そうなんだ……」


 今のは多分嘘だぞ真白。


 まあ真白のおばあちゃんの周囲にいる人が偶々下の話が好きという可能性はあるかもしれないが、日本中の井戸端会議が全て下の話なわけがない。


 嘘と真実が見分けられる大人になろうな。


「私はむしろ真白ちゃんがこんなにピュアに育つとは思ってなかったからね」


 ピュアに育つと思ってなかったというか、琥珀さんにもおばあちゃんにも、最初から真白をピュアに育てる気が無かっただけのような気がするけど。

 それでも真白が琥珀さんの影響を受けずピュアに育ったのは、真白が男子に対して苦手意識を覚えていたからなのだろう。


 不幸中の幸いとはまさにこのことだな。


「思ってなかったってそれ教育を諦めてない⁉︎ ピュアになるように努力してよ!」


「私だってせめて真白ちゃんが高校を卒業するくらいまでは化けの皮を被ってバレないようにしておこうと思ってたんだよ? でも男なんて連れて来られたらもう隠しておく必要も無いかと思ってね」


「お、男って颯一君はただの友達だから! おばあちゃんが言うようなことをする関係じゃないから!」


 ……大丈夫だ。一瞬怯んではしまうものの、もうこの手の否定は真白の本心でないことはわかっている。


「まあ備えあれば憂いなしだよ」


「えっ、なんて言ったの?」


「なんでもないよ。ほら、それより入りな。長旅ご苦労様だったね」


「……ありがとうございます」


「私のことは寿子としこって呼んで貰えばいいからね。よろしく、颯一君」


「お願いします、寿子さん」


 普通に自己紹介をしてはいるが、俺は真白のおばあちゃんが放った言葉をしっかり聞いていた。

 備えあれば、とはまさか……いや、でもこの人ならありえるか。


 もう考えるのはやめておこうと首を振ると、玄関の靴入れの上に一枚の写真が写真立てに入れられ置かれていることに気付いた。

 その写真には小さい頃の真白と思われる女の子と、その横に真白と同じほどの背丈の男の子が写っている。


「可愛いでしょ。それは真白ちゃんが五歳の時の写真だね」


「へぇ……。そうなんですか。真白の横にいる男の子は?」


「ああ、昔夏休みにね、どこからか旅行に来てた家族の子供だよ。この頃はまだお父さんも生きててね。楽しそうにみんなで遊んでたんだよ」


「そうなんですね」


 真白からそんな話は聞いたことがなかったが、夏休みに数日会っただけの子のことなんて真白も覚えていないか。


「なんだい嫉妬かい?」


「こんな歳の子に嫉妬なんてしないでしょ⁉︎」


「さあどうだか」


 やたら気になる写真ではあったが、ようやく家に入れてもらった段階なのに、すでに体力がかなり削られていだ俺は体力温存のためその写真のことは深く気にしないことにした。

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