第73話 三折の過去
「私の家ってね、貧乏なの」
三折が最初に教えてくれたのは、自分の家が貧乏であることだった。
しかもただの貧乏ではなく、空前絶後の貧乏家庭だったらしい。
「貧乏だったから誕生日とかクリスマスとかにプレゼントなんて買ってもらったこともなくってさ。たまに『今日特売でお母さんからおつかい頼まれてるから帰るね!』とか言って帰るのもね、冗談に見せかけて本当なの」
父親は三折が記憶に残っていないほど小さい時期に浮気をしてそのまま連絡が取れなくなり、母親が女手一つで三折を育ててくれたようだが稼ぎは少なくまともな生活をおくることはできなかったようだ。
これまで特売の品を買うと言って突然いなくなることもあった三折だが、あれは冗談だと思われるように冗談っぽく言っていただけで、本当は事実だったのだという。
そして三折が彼氏がいると嘘をつき始めたのは、自分の家が貧乏であることに関係しているらしい。
「……中学生の時にね、一人だけ彼氏ができたことがあるの」
「その彼氏は私と違って大金持ちで、あるとき私の家に彼氏を呼んだらね、あんまりにもボロくて古いアパートに引かれちゃって、彼氏が自分の両親に彼女の家はボロかったって話をしたらしくてさ」
「彼氏の両親がわざわざ私の家まで来て私に『育ちの悪い子とウチの子を付き合わせる気はない』って言ってきてさ。それで別れることになったの」
「そんな経験があったからね、彼氏がいるって嘘をついたの。まあ友達のためってのもあるんだけど、正直大半は自分のためかな。私ってある程度顔も整ってて男子からいっぱい声かけられるのは自分でも理解してたからさ。それで言い寄られて近づいて、また傷つくのが嫌だったから彼氏いるって嘘ついてたんだ」
三折から彼氏がいると嘘をついていた理由を聞いた俺は、やり場のない怒りをグッと心の奥にしまい込んだ。
今聞いた話は昔の話だし、今は感情に任せて憤るのではなく、俺は三折に自分の気持ちを伝えることを優先した。
「人の価値ってさ、お金じゃ決まらないと思うんだよ」
「……え?」
「俺って帰国子女だし、ある程度家もお金持ちなんだけどさ、ろくな男じゃないだろ?」
「ま、まあそれは確かに」
そう回答されることを予測してはいたが、実際そう言われると若干傷つく。
「だからさ、金を持ってるか持ってないか、貧乏なのか貧乏じゃないのか、なんて些細なことで三折の価値は決められねぇって。それにお金持ちの女の子と付き合った経験もあるけどよ、そう言う女に限って性格が悪かったりするんだよ。まあ俺調べでしかないから信憑性にはかけるただの偏見かもしれないけどな」
「……それって作り話で私を都合よく慰めようとしてるだけだったりしない?」
「本当の話だよ。だから俺は三折の家がどれだけ貧乏だって嫌いになったりしない」
「でも本当に貧乏だよ?」
ここまで俺を疑うということは、三折の心の傷はそうとう深いのだろう。いやまあシンプルに俺の人間性を疑っているだけってのはあるだろうけど。
三折を落とすには--いや、三折をこれから支えていかせてもらうには、三折を安心させなければならない。
「それなら俺が養ってやればいいだけの話だろ? 三折も三折の母親もまとめて俺が養ってやる」
俺は三折だけでなく、三折の母親も含めて養うと宣言した。
それはお付き合いをしてほしいという告白を飛び越えて、結婚をしてくれと言っているようなものである。
「……」
「どうしたんだよ急に黙って」
「いや、アーランがそんなこと言うの意外だなと思って。そんなキャラには見えてなかったからさ」
「本気だからだよ。本気じゃない女の子にはここまで言わない。後々面倒になるしな」
「てか本気じゃない女の子のことは狙わないのが普通だと思うんだけど」
「……まあそれはご愛嬌ってことで」
「本当に私たちのこと、養ってくれる?」
「養うだけじゃ足りないな。養って、愛して、抱きしめて--とにかく絶対幸せにする」
「……そこまで言うならまあ、とりあえず信用してあげる」
「ってことは?」
「わざわざ言わせないでよ。付き合ってもいいよって言ってるの」
「--マジか⁉︎」
三折からの返事を聞いた俺は、無意識のうちに三折を抱きしめていた。
「ちょっ、急に抱きつくな! 一気に信用失ってもいいのか!」
「それはよくないけど、それよりも今はこうしたくて」
まだ俺三折の不安を拭い去れたというわけではない。ここがようやくスタートラインなのだ。
きっとそう簡単に三折の不安を拭い去ってやることはできないでろう。
これからどれだけ時間をかけたとしても、三折の不安を綺麗さっぱり消し去ってやって、本当の信用を勝ち取ってやる。
こうして俺は颯一達よりも先に、三折と付き合うことに成功した。
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