第72話 始まりのチャイム

 壁ドンをしてみて改めてわかる。

 三折はあまりにも綺麗だ。


 煌びやかに輝き見るものを魅了する、それでいてちょっとやそっと落としたところで欠けたり割れたりしないワロフスキーのような、そんな魅力が三折にはある。


 天川が眩しすぎて目立ちづらいのかもしれないが、天川がいなければ学校一の美少女だと持て囃されていたのは三折だっただろう。そう断言できてしまうほどに三折は美しい。


 これほどの美貌を持つ三折に彼氏がいないのはなぜなのだろうか。

 彼氏がいると嘘をついていたのは一体なぜなのだろうか。


 この前聞いたときは『友達のため』と言っていたが、それはおそらく天川のためなのではないかと思っている。理由が何なのかまではわからないが。

 とはいえ本当にそれだけが彼氏がいると嘘をついていた理由なのだろうか。


「こんなことで私がアーランのこと好きになると思う?」


「思ってねぇよ。むしろ嫌われるまであるな」


「じゃあなんでこんなことするの?」


「本能だな。三折がいい女すぎてこうしないと気が済まなかった」


 今まで大勢の女の子に壁ドンをしてきたが、その全ては計算だった。

 ここで壁ドンをすれば女の子が俺に夢中になる、俺だけを見るようになる、そんなタイミングで壁ドンを放ってきた。


 しかし、今回に限っては計算ではなく完全に本能で繰り出した壁ドンだった。

 三折が可愛すぎて、心の奥底から湧き出てくる感情を止められなかったのだ。


「へぇ。そうやってこれまでの女の子にも壁ドンしてきてるんだ」


「壁ドンしてるのは事実だけど、こんなに衝動的にやっちまったのは三折が初めてだな」


「……ねぇ、私に彼氏がいないってことがわかったからってどうして私を狙おうと思ったの?」


「正直よくわかんねぇな」


「……へ?」


「そりゃ顔が可愛いとか、今にも抱きしめたくなるような体型とか、ずっと聞いていたくなる甘い声とか、取って付けたような理由はいくらでも思い浮かぶけどさ。なんかそれ以上に他の女子には感じたことがない魅力を感じたんだ」


 言葉にすると言い表せないが、これまで大勢の女の子と関係を持ってきた俺が三折にだけ感じた特別な感情。

 それはきっと大勢の女の子と関わってきた俺だからこそ気付けた何かなのだろう。


 もしかしたら俺が今まで女の子たちにしてきたのは、恋というものではなかったのかもしれない。


「何それ。よく恥ずかしげもなくそんなこと言うね。どうせそんなクサいセリフも誰にだってかけてるんでしょ」


「いや、こんな本気の言葉は三折にしかかけたこと無い。俺は三折がこれまで出会ったきたどの女の子よりも大好きだし、これからも三折以上に好きになる女の子はいないと思う」


 どれだけ心に響く言葉を投げかけたところで、女たらしである俺の言葉は三折に響かないだろう。

 それでも俺にできることは、真っ直ぐに三折を見つめて、俺の正直な感情をぶつけるだけだ。


「……私の話、聞いてくれる?」


「無理には話さなくていいんだぞ。まだ俺のこと、信頼したわけじゃないんだろ?」


「話したいから話すんだよ。この話を聞いてアーランがどんな反応をするのかチェックするの」


チェックと言われて身構えてしまった俺だが、三折の話がどれだけおかしな話だったとしても、嘘偽りなく、演じることなく、俺自身の正直な感想をぶつけよう。

 そうしなければ三折には俺の反応が嘘だと見抜かれるだろうし、誠意も伝わらない。


「いくらでもチェックしてくれ」


 俺がそう言ってからすぐに午後の授業が始まるチャイムが鳴り響いた。

 そのチャイムは俺たちにとって授業の始まりを告げるだけでなく、俺たちの関係性が変化していく合図でもあった。

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