第65話 真白

 天川は俺に抱きついたまましばらく泣き続け、泣き終えた後も無言のまま俺に抱きつき続けて三十分が経過した。


 一生分の涙を流したのではないかという程大量に流した天川の涙は俺の服へ染み込み、地肌で感じられる程だった。


 この涙の量はこれまで天川がしてきた我慢の時間や苦労の量、父親に馳せていた想いと同じ量なのだろう。


 大量の涙を流し終えた天川は顔を上げ、涙を拭ってからようやく喋り始めた。


「……ごめんね。ありがと」


「いや、俺は何もできてないよ」


「そんなことない。ぐちゃぐちゃになった私の心を受け止めてくれただけでもどれだけ気持ちが楽になったか。それに色々訊きたいこともあったはずなのに、こんな風にただ静かに抱き寄せてくれる人なんて窪田君くらいだよ。他の人には絶対にできないことだと思う」


「少しでも力になれてるならよかった」


 何もできてはいないが、少しでも天川の力になれたのなら俺の選択は間違っていなかったのだろう。


 琥珀さんに言われた通り、少しは天川のことを大切にできたはずだ。


「……私がね、男の人が苦手だって言うのはお母さんが次から次に新しい男の人を連れてくるからっていうのはもちろんあるんだけど、男の人と話してるとお父さんのことを考えちゃうからっていうのもあったの」


「って言ってもお父さんのことは覚えてないし、写真だって無いって言われてたからどんな人かは全く知らないんだけどね」


「でも逆にどんな人かを知らなかったからこそ、男の人と話す度に、お父さんがいたらこんな感じかな、お父さんがいたらこうだったのかな、って考えちゃってたの。そんなことを考えるのが嫌で、自然と男の人を避けるようになったんだ」


 天川が男子に苦手意識を持っていたのは、琥珀さんが次から次に男の人を連れてくるのだけが原因ではなかったのか。


 年齢が全く違うとはいえ父親の顔を知らないとなれば、同じ学校の男子と関わるだけでもその姿を父親に重ねてしまうのは理解できる。

 

「そりゃ避けたくもなるわ。俺が天川の立場でも多分そうしてる」


「窪田君は強いから、多分逃げずに立ち向かったんじゃない?」


「どこをどう見たら強いんだよ」


「……オーラ?」


「いやオーラってなんだよ。こんなタイミングでいつもの天然発揮するのは流石だな」


「天然じゃないもん。男の人が苦手なだけだもん」


 まだ父親が死んでいた事実を受け入れられたわけではないだろうが、多少は気持ちが晴れたのか、天川は吹っ切れたような表情を見せている。


 天川にはまだこれから色々なことが待ち受けているだろう。


 琥珀さんから、父親の死の真相、父親がどんな人だったのかを聞いたり、男の人に対する苦手意識を克服したりと、考えればすぐに両手が埋まってしまいそうだ。


 そんな天川に何をしてやれるわけでもないが、一番側で寄り添っていければと思う。


「……ねぇ、窪田君。これから窪田君のこと、颯一君って呼ぶね」


「--っ」


「だから颯一君も私のこと、真白って呼んでくれない?」


 これはきっと天川が俺のことを信頼してくれた証なのだろう。


 俺と一緒にいることで、父親のことを考えてしまうことだってあるかもしれない。


 でもそれ以上に俺と一緒にいたいと思う程、信頼してくれた証なはずだ。


「……わかったよ。真白」


 少しずつ距離を縮めていた俺と天川だったが、この日を境に一気に距離が縮まることとなるのである。


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いつも私の小説をご覧いただきありがとうございます‼︎


予約投稿忘れてましたごめんなさい(´;ω;`)


遅くなりましたが、よろしくお願いしマァス‼︎

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