第52話 赤い頬

 天川の上から移動するため最後の力を振り絞った俺だが、移動するだけの体力は残っておらず崩れ落ちるようにして天川に抱きつく形となってしまった。


 それだけならまだよかった。


 俺が想定する最悪は四つん這いの状態から倒れ込み、天川に抱きつくこと。

 しかし、それ以上に最悪な結果になってしまったのだ。


 まさか倒れ込んだ勢いで、俺の唇と天川の唇が接触してしまうなんて……。


 その瞬間、俺は天川との関係の終わりを察っした。


 もちろん俺は天川に無理矢理手を出すような最低クズ男ではないし、天川にキスをしてしまったのは完全に不可抗力だった。


 それでも天川は、きっとこのキスを不可抗力だとは思ってくれない。

 仮に不可抗力だと思ってくれたとしても、大幅なマイナス評価となってしまうのは避けられないだろう。


 まさかこんな形で天川との関係に終止符が打たれるとは思っていなかったが、最後にこうして天川の唇の感触を心に刻むことができたのだからよかった……なんて考えてしまっている時点で、俺は天川に相応しい男ではなかったのだろう。


 そうだよな。


 俺は自分に自信もなくて、亜蘭の陰という居心地の良い場所を見つけ、その居場所に甘えて自分を磨こうとしなかった男だ。


 そんな男が、急に天川と深い関係になるだなんて都合が良すぎるし、最初から考えが甘かったんだ……。


 俺は急いで接触してしまった唇を離し、転がるようにして天川の上から移動した。


「ご、ごめん! 今のは力が抜けたせいであって、完全に事故なんだ! 男子に苦手意識のある天川ならこんな状況絶対怖いだろうし、急いで移動しないとと思って最後の力を振り絞ったんだけどやっぱりもう力が残ってなくて……。こんなこと言っても信じてもらえないとは思うけど本当にただの事故なんだ!」

「……」


 俺は今の事故が意図的なものではなく、本当にただの事故であることを必死に伝えた。


 どれだけ弁明したって天川には信じてもらえないかもしれない。


 それでも今の関係を崩さないために、これまでの努力を無駄にしないために、せめて悪足掻きくらいはしなければ。

 

 しかし、俺の弁明を聞いた天川は黙り込んでしまい返答はない。


 やっぱり怒ってるんだろうな……。


 そりゃ無理もない。


 閉所恐怖症の上、男子のことが苦手なのに体育倉庫という狭い場所で男子にキスされたのだから。


 俺は恐る恐る目を背けている天川の表情を確認した。


「……え?」

 

 天川の表情を見た俺は呆けてしまった。


 天川は怒って眉間に皺を寄せるでもなく、目を細めて俺を睨んでくるでもなく、ただ顔を赤らめていたのだ。


 なぜこの状況で頬を赤くし、恥ずかしそうに俺から視線を逸らしているんだ?


 そんなの反応するなんて、俺のことを好きだとしか--。


 俺がその表情の意味を必死に考えていると、突然体育倉庫の扉が開いた。


「おーい、大丈夫か〜」

「まさか倉庫の中で何かいたしてたり……」


 体育倉庫の扉を開いたのは亜蘭と三折だった。


 そして天川は扉が開いた瞬間、飛びだすようにして体育倉庫から出て行ってしまった。


「え、なんかあったのか? てかなんで寝転がってんだよ」

「力が入らないんだ」

「もしかして果てた?」

「女子が男子にそんなこと言うなよ⁉︎」


 亜蘭と三折から事情を問いただされそうになった俺だったが、授業の開始前ということもありなんとか問いただされずに済み、俺は亜蘭と三折の肩を借りて教室へと戻った。

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