第32話 手料理2

 天川が部屋を出て行ってから、すでに30分が経過した。


 その間、俺はジロジロと部屋の中を見渡さないように、スマホをいじって時間を潰していたのだが、流石に『ちょっと待っててね』と言われてから30分も待たされるとは思っておらず、少しずつ不安になってくる。


 人を自分の家に呼んでおいて、部屋を出て30分も戻ってこないのはなぜなのだろうか。

 普通に考えれば、部屋を出ていく理由なんてトイレかお菓子やジュースを持ってくるくらいしか思い浮かばない。


 天川は大丈夫と言っていたが、天川の家に長居すると、男の人と遊びに行っているという母親が帰ってくる危険性が高くなるので、長居はせずできるだけサッと帰宅したいのだが……。


 天川が何をしているのか気になるが、無許可でこの部屋の扉を開けて、天川を探して歩いて行くわけにもいかない。


 天川からの『どうしたら私を喜ばせられると思う?』という質問に対する返答が『料理を作る』だったのはあまりにもまずかっただろうか。


 その回答に呆れて、同じ空間のいるのも嫌になって部屋を出て行ったとかだったら、もうどうしようもないんだが……。


 そんなことを考えていると、部屋に向かって歩いてくる足音が聞こえてきて、部屋の扉が開けられる。


「ごめんっ。遅くなっちゃった。もっとパパッとやるつもりだったんだけど……。これ」


 部屋に入ってきた天川の姿を見た俺は、天川が戻ってきたことに安堵するよりも先に、その姿に目を奪われた。


 天川は、エプロンをつけていたのだ。


 まさか天川がエプロンをつけて部屋に入ってくるとは思っていなかったので、不意打ちを喰らってしまった。


 天川のエプロン姿を見た瞬間、可愛すぎるその見た目に衝撃を受けるとともに、将来天川と結婚して、俺のためにエプロンをつけてキッチンに立ち、手料理を作ってくれているところまで想像してしまった。


 恐るべし、天川✖️エプロンの破壊力。


「え、これって……?」


 そう言って、天川が部屋の真ん中に置かれた丸いテーブルに置いた皿の上に乗っていたのは、6本の焼き鳥だった。


「家にもも肉とネギしかなくて変わり映えしないんだけど、せっかくだし焼き鳥屋に行った気分だけでも味わおうと思って」

「え、じゃあこれって既製品とかじゃなくて天川が作ってくれたのか?」

「作るって言ってもただ切って刺して焼いただけだけどね」


 天川はこれを作るために部屋を出ていき、30分以上戻ってこなかったのか。


 天川が中々戻って来なかった理由を知った俺は胸を撫で下ろした。


 てか俺今から天川の手料理食べれるのか。


 天川の手料理を食べたことがある男子なんているのだろうか。


 もしかして俺が天川の手料理を食べる初めての男子なのではないか?


 いや、まあ確かに天川の言う通り、料理という程のものではないのかもしれないけど。


 それでも、この焼き鳥は俺にとっては間違いなく普通の料理以上の価値がある。


「まだ焼き鳥の口のままだったからこれはかなり嬉しいな」

「ならよかった。家に鳥がなかったら焼き豚か焼き牛になるところだったけどね。あ、でも焼き豚だとチャーシューになっちゃうか」

「まあ美味けりゃなんでもOKだろ」

「美味しいかどうかは食べてみないと分かんないけどね」

「見たらわかる。絶対美味いやつだ」


 30分間不安な気持ちのまま待ち続け、その後に食べた焼き鳥は、今までどこのお店で食べた焼き鳥よりも美味しく、この味を、天川の家で食べたという経験も込みで一生忘れることはないだろう。

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