第19話 目覚め後の帰宅

 天川をベッドに寝転がせた俺は、部屋の中で天川が目を覚ますまで時間を潰すことにした。


 最初は勉強机用のイスに座ってみたものの、その高さからでは天川の姿が目に入りやすすぎたので、床に座って壁にもたれかかってスマホをいじっていた。


 そして天川が眠りについてから1時間が経過した今、俺はこの状況に耐えきれなくなりそうになっていた。


 俺がいくら地味で根暗で女の子と関わりがなく、女の子に興味がないとは言っても、学校1の美少女が自分の部屋のベッドに無防備な状態で寝転がっているとなれば、平静を保つのは簡単な話ではない。


 しかも天川はお酒を飲んで熟睡してしまっているので、ちょっとやそっと体を触ったくらいでは起きてくることはないという、悪い男からしてみれば最高の状況ができ上がってしまっている。


 それなら、ちょっとくらい手を握ったりしてみてもいいのでは……。


 --って何考えてるんだよ俺は⁉︎


 無防備な状態の女の子に手を出すなんて絶対にダメだからな⁉︎

 いや無防備じゃなくても手は出したらいけませんけども。


「……」


 そうだ、手を出すのがダメなんだ。

 手を出さなかったらいいんじゃないのか?


 うん、そうだよな、手を出さなければ問題ないよな。


 見るだけなら何も問題にはならないはずだ。


 そう考えた俺は天川に近づき、物音を立てないよう天川の顔を覗き込んだ。


 ……いや完璧すぎないか?


 顔はりんご程の大きさしかなく、涙袋がなんとも言えない可愛らしさを醸し出しており、口は小さく、鼻は高くてシュッとしている。

 どこのパーツを見ても全てが完璧で、顔のバランスが整いすぎている。


 こんな顔が学校の中を歩いていれば、思わず視線を釘付けにされてしまうだろうし、好きになるやつだって現れるだろう。


 芸能人と比較しても遜色ない程の顔に、俺は思わず見惚れてしまった。  


 ……あー、ダメだ。


 あまりにも綺麗な顔すぎて、思わず天川に吸い込まれてしまいそうに……。


「んっ……」

「--⁉︎」


 俺が顔を近づけた瞬間、天川は小さな声を出して少し体を動かした。

 それに焦った俺は、急いで自分がさっきまで座っていた位置へと戻った。


「あれ、ここは……」


 天川は辺りを見渡して疑問符を浮かべており、自分がどこにいるのかわかっていない様子。


 ということは、天川はどのような経緯で俺の家に来たのかも、俺の家で何があったのかも覚えていないはずだ。


「あ、お、起きたか⁉︎ ごめん! 天川焼き鳥屋で間違ってお酒飲んじゃって酔っ払ってさ、家まで送ろうと思ったんだけど天川の家の場所もわからないし、仕方がなく俺の家まで連れてきて寝かしてたんだよ」


 ……こんなこと言っても信じてくれないよな?

 天川が酔っ払ったのをいいことに、家に連れ込んだ最低な男に見えるよな?


 話していることは全て事実なのに、自分で話していても嘘くさく感じてしまうような内容だ。

 

「……そうだったんだ。確かになんかちょっとカルピスがお酒っぽい味がしたような記憶が……。あんまり覚えてないけど、記憶がないくらいだから私の家に送ってもらうのも難しかったよね。ごめんね。迷惑かけて」


 そうか、記憶がないという事実が、俺が天川を家に連れてきたのが仕方のないことだったと証明をする証拠になってくれたのか。


 ふぅ……。ひとまずピンチは乗り越えたようだな。


「いやいや、こっちこそごめん。せっかくの焼き鳥だったのに」

「窪田君が謝ることじゃないよ」

「そう言ってもらえると助かる。よし、さっきよりはお酒抜けたみたいだし早く帰った方がいいよ。送ってく」


 ピンチを切り抜けた俺は、できるだけ早く天川を家に帰すため、すぐに帰宅するよう促した。


「大丈夫だよ。1人で帰れるから」

「いや、それは流石に心配だから--」

「大丈夫なのっ。ただでさえ迷惑かけたのに、これ以上迷惑はかけられないから」

「でも……」

「よしっ、それじゃあ帰ります!」


 そう言って天川は俺の部屋を出て、足早に玄関まで歩いていく。


「それじゃあまたね窪田君。」

「あ、ああ。気をつけて」


 早く帰ってほしいのに、天川が俺の家の扉をくぐってしまったら、俺と天川が関わることはもう2度とないかも知らないと考えると、名残惜しくなってくる。


 とはいえ、俺には引き止める勇気なんて……。


「また行こうね、焼き鳥」

「えっ--」


 天川は最後に、また天川と会える可能性を残してから、俺の家から帰って行った。

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