第18話 自分のこと

「……なんで私、窪田君のこと気になってるんだと思う?」


 ただでさえわけのわからない状況で、天川は更に状況を混乱させるようなことを訊いてきた。


 まだ『天川が俺のことを気になっている』ということについても何も解決していないのに、続けてそんなことを訊かれてしまった俺の頭は混乱していた。


 この質問に対して、なんと答えるのが正解なのだろうか。


 異性のことが『気になる』理由といえば、顔がかっこいい、とか、誰にでも優しい、とか、そんなところだろうか。

 とはいえ、自分で自分のことをそんなふうに褒めるのも違う気がする。


 そもそも、『気になる』という言葉をそのまま鵜呑みしてしまってもいいのだろうか。


『気になる』と言われれば恋愛的な意味を想像するのが普通だろう。

 学校1の美少女である天川にそう言われて、舞い上がっているからそう考えてしまっているということではないはずだ。


 とはいえ、今俺に『気になる』と言ってきているのはあの天川なのだ。


 学校1番の美少女が、俺のことを恋愛的な意味で気になっている、なんてことがあり得るのだろうか。


 しかも、俺は地味でいつも亜蘭の影にいるような人間。


 亜蘭のことが気になるなら理解できるが、俺のことが気になるなんて言われても信じられるはずがない。


「いやそんなこと言われても知らんけど」


 天川の質問に対する答えが思い浮かばなかった俺は、今の感情をそのまま素直に伝えた。


 これで間違っていないはずだ。


「……じゃあ窪田君ってどんな人なの?」


 しかし、天川からは更なる質問が飛んでくる。


 もう何も考えず、反射的に回答していくことにしよう。

 そうしないと、沈黙しか生まれない。


「どんな人って言われてもなぁ……。同じクラスなんだし大体どんな奴かなんてわかるだろ?」

「だって窪田君とまともに話したの、このまえ亜蘭君といっしょに話したのが初めてなんだよ?」


 …‥それはそうだな。

 思いついたことをすぐ言葉にしすぎて、少し考えればわかる間違いに気付けていなかった。


「……まあたしかに」

「だから、本人がいるなら直接聞いちゃった方が早いと思って」

「それって答えないとダメか?」

「うーん……。窪田君困ってるだろうし無理にとは言わないけど、答えてくれたら嬉しいかな」


 『自分がどんな人間か』なんて、これまでの人生でしっかり考えたことはない。

 まあどれだけ考えたところで、まともな答えは出てこないだろう。


 今の俺は亜蘭の影に隠れて快適に生きているだけの、地味で腐った人間だし、そう答えるしかないよな。


 ……。


「寂しがりやかな」

「寂しがりや……?」


 俺はふと思いついたことを言葉にした。


 自分がそんな答えを思いつくなんて思いもしなかったが、これまでの自分を思い浮かべたら、そんな回答が思い浮かんだ。


「俺って亜蘭といっつも一緒にいるだろ? もちろん仲がいいから一緒にいるんだけど、俺が仲がいいのって亜蘭だけからさ、亜蘭がいなくなったら1人になるんだよ。それは寂しいだろ? だから亜蘭とずっと一緒にいるんだと思う」


 ご察しの通り、俺は中学の時も友達は少なかった。


 だからこそ、亜蘭と仲良くなることができたのは奇跡なのだ。

 この奇跡を掴んで話したくなくて、一人ぼっちになるのが寂しくて、俺はずっと亜蘭と一緒にいるんだと思う。


「へぇ、そうなんだ」

「……うん」


 せっかく

 気になると言ってくれたのに、幻滅されたかもな。


 いや、そもそも天川の言っている『気になる』は恋愛的な意味ではないんだろうし、気にする必要なんてない。


 天川と一緒に遊んだり、天川が俺の家にいたりなんて奇跡は、今日が最初で最後なのである。


「……じゃあ私私も亜蘭君みたいに、ずっと窪田君と一緒にいないとだね」

「……え、ずっと? それってどういう……--⁉︎」


 俺が天川にそう訊くと、力尽きた様子の天川は、パタンと完全に俺に身を任せてきた。


 ラブコメならここで唇と唇が触れ合ったりなんてハプニング、いや、ご褒美があるのかもしれないが、これはラブコメではないので、さすがにそんなことは起きなかった。


 いや、まあこの状況が既にラブコメなんだけども。


 天川の胸が俺に当たっているなんて些細な、非常に些細なことは気にせず俺はベッドへと天川を寝転がした。


 うん、非常な些細なことだ。


 天川の胸なんて、俺にとっては非常に些細なことなのである。

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