第13話 サワー
俺の目の前でカルピスの入った容器を両手で持ち、クイっと上げてカルピスを口に運ぶ天川の姿が妙に色っぽく見える。
おしゃれなバーでお酒を飲んでいる美人なお姉さんの様な、そんな雰囲気だ。
アニメやドラマで男の人が思わず、『あの人の代金、こっちにツケといて』と言ってしまう気持ちがわかった気がする。
そんな天川に、俺は気になっていることを率直に訊いてみることにした。
「天川はさ、亜蘭についてどう思う?」
今日のそもそもの目的は、亜蘭と天川の距離を近づけること。
亜蘭がいなくなってしまった今、その目的を果たすことはできないが、それならば何かしらできることをしようと、俺は天川が亜蘭についてどう思っているのか訊いた。
できるだけ恋愛的な意味で訊いていると思われないような言い回しにしてみた。
『亜蘭のこと、どう思ってる?』だと、あまりに恋愛的な意味が含まれすぎるからな。
「え、国平君? うーん……。かっこいいし人気者だし、悪い人じゃないと思うんだけど……」
『だけど』の後に続く言葉が亜蘭にとっていい回答である可能性は限りなく低い。
続きを聞くのが怖くもあったが、意を決して天川に次の言葉を喋るよう促すことにした。
「だけど?」
「えっとね、悪い意味じゃないんだけどね? なんていうか……『興味ない』かな」
あまりも意外な回答に、俺は思わず言葉を失った。
亜蘭に興味がない女子なんて、いい意味でも悪い意味でもいないと思っていた。
そんな亜蘭のことを『興味がない』と言ってのけてしまう天川は、やはり只者ではない。
てか天川は『悪い意味じゃないんだけどね?』って言ってたけど、悪い意味じゃない『興味ない』なんて存在しないだろ。
「え、あんなに派手な奴に興味湧かないのか?」
「確かに派手だよね。身長高くてイケメンで、目立つのも当然だと思うんだけどね? いっつも国平君の横に窪田君がいるから、国平君が霞んじゃってるの」
……は? 横に俺がいると亜蘭が霞む? 聞き間違いか?
いや、でも今思い返しても天川は間違いなく、『窪田君がいるから、国平君が霞んじゃってる』と言っていた。
となれば、俺と国平の名前を混同してしまっていただけで、本当は『国平君いるから窪田君が霞んじゃう』と言いたかったのではないだろうか。
そうじゃないと辻褄が合わない。
「逆だろ? 亜蘭が近くにいると俺が霞むってことだよな? そりゃ亜蘭のそばにいたら誰だって霞んじまうよ。まあ俺は特別影が薄いから、際立って影が薄く見えちまうけど--」
「え、逆だよ?」
「え、逆?」
「亜蘭君のそばにいつも窪田君がいるから、亜蘭君の存在が霞んじゃってるなって言ったの」
……いやいやいや。
いやいやいやいやいやいや。
そんなこと言われたって嘘にしか聞こえないって。
俺はいつも亜蘭のそばにいて、亜蘭に大勢の人間が吸い寄せられるようにやってくることを知っている。
俺はその大勢の人間に、亜蘭の横にいることなら気づかれずに、肩をぶつけられるような存在なのだから。
亜蘭の存在で俺が霞むことはあっても、俺の存在で亜蘭が霞むことはあり得ない。
「それはないだろ。俺なんて亜蘭にひっついて回ってるだけの金魚の糞みたいな人間なんだから」
「そんなことない。私からしてみれば、国平君より窪田君の方が眩しいよ?」
え、ちょっと待って、俺なんでこんな褒められてるの?
亜蘭に対する褒め言葉なら普段から頻繁に聞いてはいるものの、俺に対しての褒め言葉なんて聞いたことがないので、どんな反応をしていいのかわからない。
こうなったら俺も天川を褒め返すしかない!
「ま、眩しいだなんてそんなわけないだろ⁉︎ 俺からしてみれば天川の方が眩しくて、いっつも天川の方ばっか見てるわ」
はい、やらかしましたっと。
天川からの褒め言葉をかわすため、天川を褒めようとした俺は、自分が天川によく視線を送っている事実をポロッとこぼしてしまった。
これ、やばいよな……?
絶対気持ち悪い奴認定されるよな……?
「……」
「ど、どうかしたか?」
「窪田くぅーん……。頭、撫でてぇ……?」
え、なにこれ、どゆこと⁉︎
明らかに天川の様子がいつもと違っておかしい。
そう思った俺は、天川のカルピスを指に付け、一舐めしてみた。
「うわっ⁉︎ こ、これは⁉︎」
そう、天川が飲んでいたのはカルピスではなく、カルピスサワーだったのである。
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