第8話 映画館

 天川だと知って天川をタイプの女性に選んだわけではないが、それでも俺は動揺していた。

 中々タイプの女性が見つからない中でようやく見つけたタイプの女性が、同級生で今日一緒に映画を見に行く天川となれば、亜蘭がイジッてこないはずがない。


「2人とも、もういたんだ」


 天川は表情をパァッと明るくさせながら、俺と亜蘭の元へと走ってきた。


 どうやら映画館内をキョロキョロと見渡していたのは、俺たちのことを探していたかららしい。


「ああ。今来たばっかりだけど」

「……」


 俺の口からは無意識にラブコメの主人公が言いそうなセリフが出てきた。


 キザなセリフを言ってしまったと恥ずかしがる俺をよそに、亜蘭は『それ今俺が言おうと思ってたんだけど』と言わんばかりにジト目で見つめてくる。


 俺が天川に好かれようと思ってそんな発言する男子じゃないって知ってるんだし、そんな目で見つめないでほしい。


「2人ともすごいね。まだ集合時間まで20分くらいあるのに」

「天川もかなり早いだろ。いつ来てたんだ?」

「うん。1時間半くらい前に到着してた」

「は!? 1時間半前!?」


 亜蘭より30分も早く到着してるっていうのか!?


 亜蘭は女好きなので、女性を待たせないように集合時間よりも早く集合場所に行かなければならないのは理解できる。

 しかし、天川にはそれほど早く集合場所に来なければならない理由があるようには思えない。


 天川はなぜ1時間半も早く集合場所へ到着したのだろうか。


「うん。遅刻しないようにと思って気を付けてたら、集合時間1時間間違えちゃってて……。ドジなの直したいんだけど」


 --なるほど、集合時間を間違えてたのか。

 それなら集合時間より1時間半も前に到着していたのも納得である。


 天川が天然なのは知っているが、これに関しては天然というよりただドジなだけだろう。


 天然もドジも周りに迷惑をかけない範囲内であれば、ただ可愛いだけなので今後も天川らしさを全開にしてほしいものである。


 天川が早く来た理由に納得してうなずいていると、亜蘭は俺の方をニタァっとした表情で見つめてきていた。


 この悪い顔、間違いなく今から俺がタイプの女性を天川だと言ったことをイジッてくるつもりだ。


 めちゃくちゃ鬱陶しかったが、『天川には絶対に言うなよ』と亜蘭を視線で制する。


「……? どうかしたの?」

「いくら間違いだとしても集合時間より1時間半も早く来てるなんてすごいって。そりゃモテるはずだわ」

「--!?」


 亜蘭の発言に動揺する俺の表情を見て、亜蘭はしたり顔で俺の方へと視線を送ってくる。


 天川が学校の中で1番モテているという事実は確かにある。


 それを亜蘭が噂程度で聞いているだけと言ってしまえばそれまでだが、俺からしてみれば先程タイプの女性に天川を選んでしまっているだけに、俺のことを言っているように聞こえてしまう。


「え? 私別にモテてないよ?」

「モテてるって。俺天川のことが好きだって男子知ってる--って痛っ!?」


 あまりにも調子に乗っている亜蘭の足を俺は思いっきり踏んだ。


 いくら天川が天然だとは言え、これ以上あ亜蘭に調子に乗られては、俺が天川をタイプだと言ったことに気付かれてしまうかもしれない。


 大体急に天川のことを好きな男子がいるなんて言われたって天川も困ってしまうだろうし--。


「それは嬉しい。私もみんな大好きだし」


 『みんな大好き』という天川の言葉を聞いた俺は何を言っているんだと固まってしまう。

 

 少し考えて理解したが、天川の言っている好きとはラブではなくライクの方なのだろう。


 天川のことを観察してかなり友達が多いのは知っている。

 みんな大好きというのは、その大勢いる友達のことを指した言葉なのだろう。


「おい、天川やっぱめっちゃ天使じゃねえか俺今まで見たことないタイプだし、マジで落としたいわ」


 天川の天使っぷりを見た亜蘭は、興奮気味に耳打ちしてきた。

 そんな亜蘭に俺は「せいぜいがんばれよ」とだけ返答する。


 そんな俺たちの方を見ている天川が、一瞬だけ『俺たち』ではなく『俺』に視線を向けて、優しく微笑んでくれたのは都合のいい気のせいなのだろう。

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