第4話 過去の思い出

 私はパソコンから手を離し、静かに目を閉じた。ぼんやりとした過去の記憶。それが、次第に鮮明な思い出となって、脳裏に少しずつ蘇っていく。あの時、あの瞬間、私はどんな思いで、少女漫画と出会ったのだろうか。


〈その時はまだ中学3年生で、毎日の受験勉強に疲れていました。それで、ふとした会話のきっかけで、当時の友達に、勉強のコツを尋ねてみたんです〉


 そしたら、当時の友達は驚いた顔をしていた。私はそんなことで悩まないと思っていたからなのかもしれない。それでもその子は、友達だからという只それだけの理由で、私の話を最後まで聞いてくれた。


〈友達は答える代わりに、私を家に誘いました〉


 そして私は誘いに乗り、当時の友達の家にお邪魔させてもらった。


〈ということは、ユイの中学時代の友達の家に、勉強のやる気を高める答えがあったんだね?〉


 ショーが私のメッセージに反応し、すぐに返信が送られる。ショーの推測は、言うまでもなく正しい。おそらくその答えが、少女漫画だということにも、ショーは既に気づいているんじゃないか。


〈そうなんです。そこで渡してくれた少女漫画。それが友達の答えでした。きっと、勉強にも息抜きが必要なことを伝えたかったんだと思います〉


 だからこそ、当時の友達にはとても感謝している。私に勉強の息抜きを教えてくれたこと。そして何より、知らなかった世界に触れさせてくれたことに。


〈初めて読んだ少女漫画はどうだった?〉


 それは今までと変わりないメッセージ方式。なのに、ショーの声を1度も聞いたことがない私は、勝手に想像したショーの声を、頭の中で再生してしまっている。もちろん、抑揚や喋り方、声のトーンまで全て私の妄想だ。


〈面白かったです。まるで違う世界にいる女の子のようでした〉


 少女漫画のページを開くたび、当時の私は良い意味で衝撃を受けた。こんな考え方があるんだ。こんな生き方があるんだ。新しい発見を見つけるのが次第に楽しくなり、時間を忘れて読み進めていたことを私は覚えている。多分、あの頃の私は、少女漫画に出てくるキャラたちに、少なからず憧れがあったんだと思う。


〈実は、僕もそんな感じでさ〉

〈手品をやり始めると、違う自分になれるんだよ〉


 ショーから返信された内容に、私は共感できるものがあった。何か夢中になれることをしている間は、普段の自分にはない測面が現れる。


〈分かります。そういう時って、時間を忘れて熱中していますよね〉


 メッセージを送り、ショーの反応を待つ。確信はないけれど、画面の向こうで頷いているショーが容易に想像できる。もしかすると私は今、新しい自分を演じて、ショーと向き合っているのかもしれない。


〈うん。でも、楽しい瞬間ほど恋しくなるんだ〉


 過ぎ去るのは同じでも、嫌な思い出ほど忘れ去りたくて、楽しい思い出ほど手放したくなくなる。時間が止まって、ずっとこのままならいいのに。何度もそう思ったが、全て、過去の楽しい思い出の一部になってしまった。ショーと私の恋愛にも、いつか終わりが来る。そうなったら、私は神様に何を願うんだろう。


〈だからなのかもしれないですね、別れが辛いのは〉


 出会えた時の嬉しさは、何物にも代えがたい。でも、その分の嬉しさがあればある分だけ、2度と出会えないと分かったときに感じる感情は、重いものになると、私は過去の経験からよく知っていた。


〈僕も祖母が亡くなったって聞いたときは、泣くのを必死に我慢したよ〉


 それは私も同じだった。家族を亡くした時、私は、声を押し殺していたから。だからこそ、ショーの苦しみを私は理解できるはずだ。

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