第3話 ショーのこと、私のこと

 私は、後ろの本棚が気になってしまった。そこには、頑張って集めた少女漫画だけではなく、推しキャラのグッズまで並べられている。私のことを教えるとなれば、そのことまでショーに話さなければいけないのだろうか。誰かに対して、自分の趣味を打ち明ける状況を想像し、私は恥ずかしさの余り、顔を両手で覆っていた。


「愛生にすら教えてないのに……」


 秘密のように隠してきた私だけの趣味。それを知ったら、ショーはどんな反応をするんだろう。引かれたり、変に誤解されたりしてもおかしくはない。だけど、メッセージからは、私の気持ちを尊重した、ショーなりの優しさが感じられる。それだから賭けだと思って、メッセージを返すのは悪くないはずだ。


〈私、ユイって言うんです。ショーさんは、何をされているんですか?〉


 メッセージを送り、ショーからの返信を待っても、返事はなかなか返ってこない。ショーは何を考えているんだろう。ショーは私をどう思っているんだろう。嫌われたかもしれない気持ちで胸がいっぱいになった私は、ついには耐えられなくなり、謝りたい一心で再びメッセージを送信した。


〈ごめんなさい。教えたくなかったら秘密で大丈夫です〉


 気遣いで送ったメッセージ。それを読んでもらえれば、私の優しさが伝わるはずだ。そう思っていたことで、ドキドキが止まらなかった私の心は、ショーからの返信により、穏やかな気持ちで満たされていった。


〈ううん、謝らなくていいよ。僕は普段、ITエンジニアの仕事をしてる〉


 でもきっと、ショーは私が何をやっているのか、知りたがってる。だけど、もしそこで嘘をついたら、ショーは傷つくに違いないから。だから私は、ショーに対して、いつだって正直な人間でいたい。


〈私は、大学生をしてます。大学3年生なんです〉


 メッセージを送る私の指に迷いや、動揺は少しもなかった。多分、自分のパソコンをショーに乗っ取られてから、初めての事だと私は思う。それは、普通の人にとっては当たり前かもしれない。だけど、恋愛をしたことが無い人が、異常な状態の中で、そのような感情を払拭しながら恋をするのは、すごいことなんじゃないか。


〈そうなんだ。新しいこと覚えるのって大変じゃない?僕、手品が好きでよく練習するんだけど、すぐに覚えられなくてさ。苦労してるんだよね〉


 ショーからのメッセージが早速、私の元に届いた。意外なのは、ショー自身、新しいものを覚えるのに苦労していることだ。それならショーは、どうやってハッキングの技術を身に着けたのだろう。私は、ショーが歩んできたこれまでの人生に、興味を抱くようになった。


〈ショーさんは、どうして手品を始めようと思ったんですか?〉


 自然なやり取りの中で感じた質問を、ショーに送る。すると、手品を始める理由となった出来事を、ショーが私に答えてくれた。


〈実は子供のころ、好きだった女の子に誕生日祝いとして、サプライズプレゼントをあげたら、すごく喜んでくれて。それからだったかな。誰かに笑顔を届けるために、手品をするようになったのは〉


 ショーの文面からは、過去を顧みるような気持ちが伝わってくる。私の場合、特に感動的なきっかけがあって、何かを始めたことは今までに殆んどない。


〈君のこと、どう呼べばいいかな?嫌じゃなかったら、趣味の話も聞かせて〉


 ショーから私に関する話題を振られ、どう答えるか、頭の中で考えてみた。大丈夫、緊張はしていない。


〈ユイって呼んでください。趣味は、少女漫画の収集と、動物カフェ巡りです。まずは、少女漫画を集め始めた時期のことから、お話しますね〉

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