第3章 もう隠さなくていいこの気持ち

第31話 見せたい景色

 春休みに入り、七瀬と会う機会がなくなった。連絡先を交換しているのでどこか遊びに行こうと誘うことはできる。


 だが、遊びに誘うということはそれはもうデートのお誘いと同じなのではないかと思う。


(けどなぁ、一回ぐらいは……)


 カゴヘたまねぎ、にんじんと入れて次は何が必要かと考えながら歩く。


 家で料理することが増え、スーパーに行って買い物をすることが多くなった。


 今までは料理せずに食べれるものばかり食べてきたが最近は料理することが楽しく、自分で作った方が安くすむことに気付いた。


 これをこの前、晴斗に言ったら遅いと突っ込まれた。まぁ、確かに気付くのが遅かったなぁとは思う。


 そう気付かせてくれたのは七瀬。彼女が料理を作ってくれたりしなければ俺はずっと健康ではない食事をとり続けていただろう。


(よし、こんなもんかな)


 カゴを持ってレジへ向かおうとすると後ろから声をかけられた。


「何を作るのですか?」


「おぉ、びっくりした……」


 後ろを振り向くとそこには同じく買い物に来ていた七瀬の姿があった。


 彼女は、私服姿で紫のワンピースに白のカーディガンを羽織っていた。髪はみつあみで一つにまとめられていた。


「夕飯の買い出しだ。カレーでも作ろうかと思って」


「そうですか。夕飯、私が作りましょうか?」


「えっ、いいのか?」


 久しぶりに七瀬の作ったものが食べられると思うと俺は自分で作るよりは彼女の方を食べたいと思った。


「もちろんです。今日は夕飯が一人なので一緒に食べましょう」


「あぁ、食べよう」


 一人で作るのはいつでもできることだ。七瀬が作ってくれる機会を逃すわけにはいかない。


 必要なものを追加で買ってから俺の家へ2人で向かうことになった。

 

 家に着くなり彼女は台所に立ち、俺は大人しく隣で見ることにした。


「春休み、会っていなかったので久しぶりですね。会えて嬉しいです」


 切ったものを皿に入れて彼女は横にいる俺のことを見てニッコリと微笑む。


「……そうだな。俺も会えて嬉しい」


 嘘一つない本音を言うと彼女はぷくっと頬を膨らませた。


 まさか怒らせるようなことを俺は言ってしまったのだろうか。


「立川くんはズルいです。そう言うことをいわれたらもっとその……」


「その?」


「な、何でもないです!」


 何だったんだろうか。物凄い気になるが教えてくれそうにない。


 それから七瀬とは会話することなく彼女は料理に集中し、俺は黙って静かに見ていた。


 将来、七瀬といられる奴は羨ましい。毎日、七瀬が作った料理を食べられて。


 彼女の隣に立つのは俺ではない。七瀬に似合うだろう男子は他にいるだろう。


「できました。立川くん、運んでもらえますか?」


「わかった」


 考え事をしているうちにどうやらカレーができたようだ。


 2人分を両手で持ち、テーブルへと運ぶ。その後は、コップとスプーンを用意し、台所を綺麗にするのを手伝った。


「では食べましょうか」


「そうだな」


 それにしても美味しそうだ。一人暮らしを初めてからカレーはいつもレンジでチンしてできるものしか食べないので1から野菜を切ってルーを作るのは初めて食べる。


 いただきますと手を合わせて食べた一口目。ルーは中辛のようで少しだけ辛さがあった。けれど辛いものが少し苦手な俺でも普通に食べられる。


「どうですか?」


 食べることに夢中になっていて作ってくれた彼女に危うく感想を伝え忘れるところだった。


「美味しい。やっぱり七瀬の作るものは全部美味しいよ」


「……あ、ありがとうございます! これからも私の手料理をごちそうします」


「あ、ありがとう……」


 1人分じゃ2人分とは大きく違うだろう。1人分でも大変というのに。


 全て食べ終えた後は、俺が2人分の食器を洗い、七瀬はその隣にいてじっと洗う様子を見ていた。


「そうです。ホワイトデーのお返し、美味しかったですよ。手作りですか?」


 おぉ、良かった。美味しかったのかあのタルト。失敗してないようで良かった。


「あぁ、作ったことがなかったから心配だったが美味しいなら……うん、良かった」


「本当に美味しかったですよ。ところで立川くん、カレーの後は甘いものがほしくありません?」


 食器を水で洗い流していると七瀬が俺にそう尋ねる。


 言われてみれば何だか甘いものがほしくなっていたのでコクりと頷く。


「では、チョコをあげます。ちなみにこれは手作りではなく市販のやつです。はい、あーん」

 

 あーんと言われて何も考えず口を開けると丸い形をしたチョコが口の中に入ってきた。七瀬の指がかすかに俺の唇に当たった気がするが気のせいだろう。


(うん、甘い……)


「これ、何味だ?」


 チョコはチョコでも何か味がついているような感じがしたので七瀬に尋ねてみた。


「さくらです。気になる味だったので買ってみました。意外と美味しいですよね」

 

 道理で不思議な味がしたわけだ。最近は、さくらのチョコなんてあるんだな。


「これを使ってさくらチョコケーキとかできたりするのか?」


「どうでしょう、やったことがないのでわかりませんができないことはないと思いますよ」


 そう言うなら時間かあるときにチャレンジしてみようかな。スイーツ作りは得意な方とこの前わかったことだし。


 食器を洗い終えると七瀬とソファでくつろいでいた。


「家がお隣さんなら毎日こうして立川くんに料理を振る舞えますね」


「毎日通うつもりか?」


「そうです。迷惑ですか?」


「いや、迷惑とは思わない。寧ろ七瀬の作る料理が毎日食べられるとか幸せすぎる」


 学校のある日は毎日昼食を作ってもらっている。それプラスに夜もあったらいい意味で俺は七瀬の料理しか食べられなくなりそうだ。


「そう言ってもらえて嬉しいです。ところで立川くんはお花見する予定はありますか?」


「お花見……いや、今年は特にないかな。七瀬は?」 


「私も予定はありません。ですが、もし、よろしければ私と一緒にお花見しませんか?」


 春休み。七瀬を誘ってどこかに行こうと考えていたので俺はすぐに頷いた。


「是非しよう。毎年綺麗な桜が咲く場所を知っているんだ、だから七瀬にもそれを見せたい」


「綺麗な桜……はい、見たいです」


 同じ景色を見てもらいたいなんてあまり思ったことがない。けど、あの桜は彼女に見せたいと思った。










     

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