第30話 ここから先の言葉

「嫌です」


 3月14日の放課後。生徒会室に呼ばれた俺はすぐに断った。


「え~、弘輝くん、しっかりものだし生徒会とか向いてると思うんだけど」


 そう言って俺から断られるのが予想外でショックを受けているのは生徒会長であるなこさんだ。


「バイトで忙しいんで」


「バイトしながらでも生徒会長やってる人が今目の前にいるんだけど?」


「そうですね……」


「むぅ~、心愛ちゃんも何か弘輝くんが入ってくれそうなこと言ってよ」


 自分じゃ俺を勧誘することができないとわかったのかなこさんは、隣で髪をいじっている宵谷先輩に任せる。


「無理。立川がやりたくないっていってるんだから無理矢理はよくないよ」


 そう言って宵谷先輩は、俺を見て「ねっ?」と共感を求めてくる。


「そうだけど……」


「まぁ、少しは考えておきます。俺はあんまりそういうこと向いてないと思うので入らないと思いますけど」


 中学の経験があったからわかる。俺はこういうことに向いてない。


 イスから立ち上がり、先輩に挨拶してから俺は生徒会室を出た。


(疲れた……何か甘いものが食べたい)


 教室に戻って荷物を取りに行くと廊下の前で七瀬が待っていた。


「あれ? 生徒会室寄るから先に帰ってと言わなかったか?」


「立川くんを待っていました。一度家に帰り、夕方頃、立川くんの家に行くつもりでしたが、一緒に行こうかと……」


 今日は3月14日。つまりホワイトデーだ。夕方頃に七瀬が俺の家に来てバレンタインのお返しとして手作り渡すつもりでいた。


「あぁ……ありがとう。カバン取りに行くから少し待っててくれ」


 俺は急いで教室に入り、カバンを取ってすぐに出る。


「じゃ、帰るか」


「はい。立川くんが何を作ったのか楽しみです」


 七瀬はニコニコしながら俺の顔を見て言うが、そんなに期待されても困る。





***






 家にあがらせると七瀬はこたつを見つけてテンションが上がっていた。


「こ、これがこたつ!!」


 この時期にはもうこたつは仕舞っているが、七瀬が前にお邪魔したいですといっていたので置いていた。


「電気付けてみてもいいぞ。すぐに温まるから」


「では……」


 彼女は電源をつけるためか四つん這いになった。七瀬は、電源をつけるのに苦戦しているのかしばらくその体制でいた。


 俺は何してるんだと思い、ふと視線を少し下にすると彼女のスカートを見て気付いてしまった。


(短いスカートであの格好はダメだろ……)


「な、七瀬……俺がやるよ」


「はい……どこかわからなくて……」


 彼女は俺に任せることにしたのかあの体制をやめて立ち上がり、ソファへ座った。


「付けたぞ。まぁ、少ししたら温かくなる。お返し持ってくるからちょっと待っててくれ」


 七瀬にそう伝えて俺は机やベッドがある部屋へ向かった。


(……一応味見はしたが、喜んでくれるだろうか)


 ラッピングされたタルトを見て俺は、七瀬がどんな反応をするか考えていた。


 考えても渡すと決めたからには渡すしか選択肢はない。


(よし……持って───)


「立川くん、暖かいです!」

「うぉ!」


 部屋を出ようとしたところ七瀬が来て俺はおかしな声を出してしまった。


「ご、ごめんなさい!」


 七瀬は驚かせてしまったことにペコペコと謝る。


「いや、驚いただけだ……謝る必要はない」


「……ここが立川くんの部屋ですか?」


 七瀬は、クリスマスイブの時に千夏が話していたことを思いだしていた。


「まぁ、基本ここにいることは多いからプライベートルーム的な部屋かな」


 この部屋に人を呼ぶことはまずほとんどない。リビングの方が広くていいからな。


「ぷ、プライベート! すみません、見てはならないものを見てしまいました」


 そう言って七瀬はリビングの方へ戻っていこうとしていた。


「いや、待て。別に見てはいけないなんて言ってないぞ」


 咄嗟に俺は七瀬の手を取り、そして後になって何言ってるんだろうと思うような発言をしてしまった。


(これじゃあ、見てほしいから七瀬を引き止めたみたいに見えるじゃないか……)


「……で、では見てもいいのですか?」


 俺の部屋に興味があるかのような雰囲気で彼女は俺にそう尋ねてきた。


「み、見たいのか……?」


「興味がないと言えば嘘になります……」


「じゃあ────」


 そして数分後、七瀬はその部屋に入りアルバムを見ていた。


「わ~可愛いです。小学生の時は、どんな感じでした?」

 

「そうだな……今とあんまり変わらないと思う。てか、小学生の時に会ったろ」


「ほ、ほんとでした。では、中学生の時はどうでしたか?」


 七瀬はキラキラした目で写真とかないですかね?みたいな表情をしていた。


「中学はあんまりないぞ。見てもいいが笑うなよ」


「笑いませんよ」


 俺からアルバムを受け取った彼女はそう言って1ページをめくった瞬間、ふふっと笑っていた。


「笑ってるぞ」


「わ、笑っていません……カッコいいと思って少し……」

「少し?」

「な、何でもないです……」


 彼女はそう言ってアルバムで顔を隠した。


「この方、やけに立川くんと距離が近いですね。友達ですか?」


 七瀬は、アルバムをこちらに見せて俺と一緒に写っている女子を指差した。


「あぁ、その女子は……」


「女子は?」


「……友達だ」


「……へぇ、そうなんですね。彼女さんかと思いましたよ」


 そう言って俺の方をじっと見てくる。


(隠すつもりはないが、言えない……)


「そ、そうだ……これ、バレンタインのお返し」


 アルバムの話に夢中になりすぎてすっかり忘れていた。


「タルト……もしかして手作りですか?」


「まぁ……うん。一応味見はしたから大丈夫だと思う」


 完成するまでに何回か失敗したが、無事できて良かった。


「ありがとうございます。後で食べて直接立川くんに感想を言いますね」


 もらったタルトを持って彼女は優しく笑いかけてきた。


 その笑顔に俺はドキッとしてして、彼女から目が離せなくなっていた。


「七瀬、俺はもしかしたら……」


 何かを伝えたい。けど、ここから先の言葉が上手く言えない。


「どうかしましたか?」


「いや、何でもない。もうすぐ2年生だなってふと思っただけだ……」


「そうですね、もうすぐです。同じクラスになれるといいですね」


 七瀬と一緒にいると不思議な気持ちになる。何かが溶かされていくような感覚に。

 

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