第28話 聖女様は、手作りケーキを食べてもらいたい

「おはようございます、立川くん」


 本当に迎えに来てくれるとは……。ドアを開けるとそこには私服姿の七瀬がいた。


 外は寒く七瀬はいつもより厚着だった。コートに手袋、そしてマフラー。完全装備といっていいだろう。


「おはよう。今日は寒いな……」


「そうですね、今日は寒いです」


「「…………」」


 おかしいな、こんなぎこちない会話が今まで七瀬とあっただろうか。


 いつもは七瀬が話を話題を出してそこから会話が始まる。俺はあまり喋り上手な方ではないため、話題を出してもシーンと静まり返るだけだ。


 このおかしな状況になったのはおそらく昨日のあれだろう。お互いに気になるという告白みたいなワードをお互い言い合ったこと。


 ここは俺から話した方が良さそうだな。七瀬とはいつものように楽しく話していたい。


「家、こっちだよな? 案内頼む」


「あっ、はい。こちらですよ」


 七瀬はぼっーとしていて俺に話しかけられてハッと我に返った。家のある方向へ歩きだし、俺は彼女に着いていく。


「今日の朝は寒くてこたつから出れなくなっていた……」


 話の話題にでもなると思ったが、一人言みたいな感じになってしまった。

 だが、七瀬は小さく笑ってくれた。


「私の家にはこたつがありませんが、一度入ったら出られなくなるものと聞いたことがあります」


「あぁ、その通りだ。暖かすぎて出れなくなる。今度、家に来たときにそのこたつに入って……」


 いや、何流れで七瀬を家に誘ってるんだよ。取り消しだ。今すぐなかったことにしよう。


「こたつ! 是非、お邪魔したいです!」


 言おうとしたその時にはもうすでに遅し。七瀬は、行きたそうな顔をしていた。


「……今度な」


「楽しみです」


 いつも通りだ。七瀬と普通に話せている。こたつの話をして良かった。






***





「えっ、広っ……」


 七瀬の家に着いたのだが、驚いた。まさかこんなザお屋敷みたいなところに住んでいるとは。


 急に自分が着ている服がこれでいいのかと気になり始める。


「どうぞ」


「お、お邪魔します……」


 初めてできた友達の家に行くときも緊張するが、これはまた違った緊張感がある。


「お母さんは後で来ると思います。それまでこの部屋でケーキでも食べていましょう」


 そう言って案内された部屋は広い座敷の部屋だった。


「温かいお茶を持ってくるので少し待っていてください。お願いなんですが、立川くん、障子を閉めてもらって暖房を付けてもらってもいいですか?」


「あぁ、わかった」


 七瀬が部屋を出ていき、俺は一人になった。ただ待っているのではなく彼女に頼まれたことをしなければ……。


 障子を全て閉めてテーブルの上にあった機械を取り、暖房をつける。


(よし、これで言われたことはやったな)


 座布団に座り、俺は七瀬が帰ってくるのを待った。なれない正座に俺はすぐに足を崩してしまう。


「お待たせしました」


 七瀬が飲み物が乗ったお盆を持って襖を開けようとしていたので俺はすぐに立ち上がり、手伝いに行った。


「持つよ」


「ありがとうございます」


 七瀬からお盆をもらい、俺がテーブルまで運んだ。


 座れるところはたくさんある。七瀬は俺の隣か目の前かどちらに座りたいのだろうか。


 彼女がどこに座るかわからないとお茶をどこに置いていいのかわからない。


「七瀬は、どこに座る?」


 そう尋ねると七瀬は少し悩み、そして顔を赤くして聞いてきた。


「……た、立川くんの隣でもいいですか?」


「ど、どうぞ……」


「ありがとうございます」


 彼女の飲み物を置き、俺はお茶を頂くことにした。


「ショートケーキとチーズケーキがあります。どちらがいいですか?」


 こういう時にどちらかを選ぶという選択肢はない。俺はあまりものでいい。


「七瀬はどっちがいい?」


「私ですか? 私はショートケーキがいいです」


「じゃあ、ショートケーキは七瀬でいいよ。俺はチーズケーキを頂く」


「わかりました。では……」


 そう言って七瀬は自分の方ではないチーズケーキを一口サイズフォークで突き刺し、俺の方へ向けてきた。


「……ん?」


 なんだこれ、まさかと思うけど食べさせてくれるのか?


「あーんしてあげます」


「えっ、いや、一人で食べられるんだけど……」


 そう言って七瀬から距離を取り、食べさせてもらわなくても大丈夫と言うと彼女は頬を膨らませた。


 こんな表情をさせてしまったのは明らかに俺だ。


「わ、わかった……」


 さっきいた場所に戻ると七瀬は嬉しそうに俺の口元へまたフォークで突き刺したケーキをやる。口を開けると甘い味が口の中に広がった。


「美味しい……」


「こちらのケーキは手作りです」


 ニコッと笑いこちらを見てくる七瀬。その時、俺はなぜ七瀬がショートケーキを選んだのかわかった。


「……あぁ、なるほど」


 小さく呟くと七瀬は小さく首をかしげてどうかしたのかと尋ねてきた。


「七瀬、そのチーズケーキは手作りか?」


「いえ……もしかして私の考えていることがわかりましたか?」


「あぁ……俺に手作りのケーキを食べてもらいたかったってことだろ?」


「ふふっ、当たりです」


 素直に食べてほしいからショートケーキを渡せばいいもののなぜ回りくどいことを……。まぁ、俺だって七瀬みたいなことをすると思うが……。


「はい、もう一度あ~んです!」


 七瀬はニコニコしながらフォークで突き刺した一口サイズのケーキを俺の口元へ持っていく。


(これは一体いつまでやるんだ……)


 食べさせてもらうことなんてあまりないことを七瀬にこう何回もやられると恥ずかしくなってくる。


「美味しいですか?」


「あぁ、美味しい……ごちそうさま。次は七瀬の番だな」


「わ、私ですか?」


 七瀬は状況がわかっておらず小首をかしげた。その間、俺は七瀬が食べるチーズケーキを一口サイズ未使用のフォークで突き刺した。


「はい、どうぞ」


「えっ、あっ、私は大丈夫です……」


 今度は七瀬が俺から少し離れて遠慮する。


「俺だけが食べさせてもらっていたら不公平だ。だから七瀬も……」


「……は、はい。では、いただきます」


 結局、俺達は食べさせてもらいケーキを完食するのだった。


 食べた後、七瀬のお母さんが部屋に入ってきた。


「初めまして、琴梨の母の七瀬杏子です」


「は、初めまして……立川弘輝です」


 七瀬のお母様が正座で丁寧に頭を下げたので俺もそれを真似して頭を下げた。


「そんなに堅くならなくていいのよ」


「そ、そうですか……わかりました」









            

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る