第26話 めんどくさくてもいい

 昼休み、お弁当と一緒に七瀬からマカロンとパウンドケーキを受け取った。


「遅くなりましたが、ハッピーバレンタインです」


「ありがとう」


 マカロン3つとパウンドケーキ。帰ってから美味しくいただこう。


「ことりんの手作り。これは、10倍で返さないとねぇ~」


 斜め前から美味しそうな卵焼きを食べる千夏はニヤニヤしながら言ってくる。


「そうだな、ケーキでも作ろうか……」


「ケーキ、作れるのですか!?」


 イスから立ち上がるほど驚いたのか彼女は、いつもより大きな声で聞いてきた。


「えっ、あっ、まぁ……最近はいろんなものに挑戦しているからな」


 七瀬のおかげで俺は最近、料理をする機会が増えた。やっていて楽しいし、何より食費が浮く。


「そうなのですね。いつか立川くんの作る料理が食べたいです」


 料理のプロに食べさせれる料理なんてまだないが、いつか自分の料理を七瀬が美味しそうに食べている姿が見たい気もする。


(3月14日まで後、1カ月……何を作ろう)


 

 お昼までは晴れていた。だが、帰る頃になると雨が降ってきた。


(傘、忘れたな……折り畳みも忘れたし今日は運がない。そう言えば占いで……)


 今朝、テレビで見た占いで最下位を思いだし、余計気分が暗くなった。


 七瀬は、傘を持っているのだろうか。まぁ、持っていたとしていれてもらおうなんて全く思っていないが……。


 今日は俺のクラスの方が早かったので彼女のいる教室の前で待っていた。


 雨が止めばいいのだが、この様子じゃやみそうにない。


 窓から外を見ていると後ろから名前を呼ばれたので後ろを振り返る。


「立川くん、お待たせしました」


「そんなに待ってないよ。七瀬は、傘もってきたか?」


「はい、折りたたみ傘ですけど。立川くんは……持っていないようですね、一緒にこの傘を使いましょう」


 手に傘がないことから俺が言う前に気付かれてしまった。傘を貸してくれるのはありがたいが、やはり2人だと彼女が濡れてしまう。 


「いや、それは七瀬1人が使うべきだ。折りたたみって2人じゃ濡れるだろうし……」  


「大丈夫ですよ、くっつけば何の問題もありません」


 いや、くっつけばってそれ、かなり問題だと思うけど。女子同士ならともかく男女となると相合傘となってしまう。


「ほら、早く行きますよ」


 まるで俺が駄々をこねる子供のような感じで七瀬に腕を捕まれ下まで連れて行かれた。


「この折りたたみ大きいと思うので本当に大丈夫ですよ」


 七瀬は折りたたみ傘を開き、横に来てほしいと手招きした。


 また変な噂をされそうだが、七瀬がここまで言ってくれて断るのもなんか悪い気がしてきた。


「わかった。駅まででいいからそこまで連れていってほしい」


「わかりました。家まで連れていきますね」


「わかってないよな?」


 駅までと言っていたのに七瀬は家まで行こうとする。まぁ、ここで今何かを言っても七瀬は家まで送るだろう。


 彼女と過ごす時間が増えてだんだんと七瀬の性格がわかってきた。


 背の高さから俺が傘を持つことにした。

 

「雨と言えば立川くんのことを思い出したという日です。ですから、今日は立川くんを思い出した記念日ですね」


 その記念日は大変だ。雨が降る度、記念日記念日となるのだから。


「記念日は1年に1回とかじゃないと特別感ないぞ」


「確かに。ところで立川くん、少し話を聞いてもらってもいいですか? あの日、なぜ私が雨の中、傘も差さずにいたのか……」


 ずっと気になっていたが、聞けなかったことを七瀬が俺に話してくれるとは思わなかった。


 あの時は話せなかったけど今なら話せると思ったのだろうか。


「聞くよ。家まで連れていってくれるお礼として」


「ありがとうございます。私、実はめんどくさい女なんです」


「お、おぉ……」


 もっと暗い話が始まる感じがしたが、全く違った。


「多分、立川くんは知っていると思います。5年前の花火大会、親に見つけてほしくて家を抜け出したこと」


「あぁ、確か俺は七瀬にこう言ったっけ……見つけてほしくてここに来たように思えると」


「自分が言ったことよく覚えてますね。私もちゃんと覚えています。立川くんにはズバッと言い当てられちゃいましたから」


 そう言って七瀬は嬉しそうに笑う。


 暗記力はいいんだが、テストになるとなぜか覚えてないんだよなぁ。


「あの雨の日もそうでした。私は、誰かに見つけてもらいたくてあの場所にいました」


「寂しがりやなのか?」


「ふふっ、どうなんでしょう」


「そう言えば、親と喧嘩して家に帰りたくないとか言ってたよな? 何かあったのか?」


「喧嘩ではなく親との距離が取りたくなったんですよ」


 喧嘩ではない。けど、距離が取りたくなる。距離が取りたくなったのには必ず理由があるはずだ。


 その理由がわかれば雨の日になぜ七瀬があの場にいたのかわかるはず。


「立川くん、『期待』という言葉の意味をご存じですか?」


「何かを実現することを待つこと?」


「えぇ、期待するなと期待している人には言いにくいものです。期待していると言われたら頑張らなければと思ってしまうのが私です」


 期待……か。俺も中学の時に嫌になるほど聞いた。期待してるねと言われたら頑張らないとと思ってしまっていた。


「なら一緒だな。俺もそうだった。けど今は、期待っていう言葉が嫌いだ。勝手に思ってろって感じ。言われたからいつもより頑張るとか俺には無理だ」


 期待するなとは言わない。ただ、それを言われてどうするかは自分次第。


 無理していつもと違うことをするのはどうかと思う。期待に応えなければと思い込み、自分を見失う方が俺は嫌だ。


「七瀬は、親に期待されて親と距離が取りたくなったんじゃないか? 頑張れとか、あなたならもっとできるとかそういう言葉を言われてその生活に耐えきれなくなったんじゃないか?」


 相手からするとただ応援しているだけに思えるかもしれないが、応援の言葉を受け取る側は、重く受け止めてしまう場合がある。


 七瀬の場合そうだろう。親がこう言っているのだから期待に応えなくてはならないと。


「当たりです、立川くんは凄いです。ズバッと当ててしまいますから。私、やっぱりめんどくさい女ですね」


 見つけてほしいと思ったり、距離を取りたいと思うこと。七瀬の気持ちを知って俺は全くめんどくさいとは思わなかった。


「いいじゃないか、めんどくさくて。自分らしさを押し殺してまで頑張るのは間違ってる。七瀬は七瀬らしくいればいい。言っておくが七瀬より俺の方がよっぽどめんどくさいからな」


「立川くんは、めんどくさくないですよ」


 そう言って七瀬は、小さく笑った。少しは思ってるんじゃないか。


「俺はめんどくさい奴だよ。晴斗に言われたことがあるからな」


 そう言うと七瀬は何か聞きたそうな顔をしていた。








    

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る