第24話 バレンタイン事件

「どうしましょう。昼休みにはあったのに……」


 七瀬は、紙袋を覗き、悲しそうな表情をする。


 千夏は少し考えてから七瀬に質問した。


「作ったのは確か私と晴斗……そして弘輝のだよね? 私と晴斗の分は失くなってないの?」


「はい、ここにあります」


 ここでテンションの低いまま千夏にチョコを渡そうとする七瀬。さすがに暗いまま渡されるのは受け取りにくい。


「いや、弘輝のが見つかったら……ね?」


「……わかりました。同じタイミングで渡した方がいいですね」 


「うん。私、探すの手伝うよ!」


 千夏は彼女の両手を取り、失くなったチョコを一緒に探すことにした。


「ありがとうございます。ですが、立川くんと岩田くんが心配するので先に予定通り4組へ行きましょう」





***





「弘輝に渡す予定の袋が失くなった?」


 七瀬から話を聞いた俺と晴斗は顔を見合わせ、彼女が中々来ない理由がわかった。


「はい、すみません、立川くん……頑張って作ったんですけど失くなってしまいました」


 悲しそうな表情をして下を向く七瀬。俺はこんな表情をする彼女を見たくはない。七瀬には笑っていてほしい。


 七瀬から話を聞いてわかっていることだが、昼休みにはまだ俺へ渡す袋はあった。七瀬が家に忘れた可能性やどこかへ持ち運びをした可能性はないということ。


 となると────


「可能性としては誰かが盗んだってことだな」


 俺ではない。俺と全く同じことを思った晴斗がそう言った。


「盗む……なぜですか?」


「あっ、私、わかった! ことりんからもらいたい男子がこっそり奪ったとかじゃない?」


 そうだな。それがほぼ正解だろう。七瀬は男子にモテている。バレンタインチョコを七瀬からもらいたい男子はたくさんいるだろう。


「あり得るな。けど、七瀬さんを好きな人なんて結構いるぞ。犯人探しとか無理だろ」


 七瀬が好きな人が誰であるかなんてわからない。『七瀬が好きな人、集合!』と呼び掛けして集まってもらおうか……。いや、それで集まる人はいないか。


「早くしないとそのチョコをもっていった奴が逃げるかもな……」


 俺はグランドを眺めながらそう言うと七瀬は顔を近づけてきて両手を取る。


「それは大変です! 立川くん、私は必ずあなたにバレンタインチョコを渡します!」


「お、おう……」


(ち、近い……)


 七瀬のために、そして俺のチョコのためにここは何としてでもチョコを見つけないとな。


 それにしても七瀬、俺の両手をいつまで握り続けるのだろうか……。こんなに近いといつか俺がドキドキしてることがバレる。


「七瀬、こういうのは渡す前に知るのはなんかあれだが、俺に渡そうとしていたチョコの特徴を教えてくれ」


「わかりました。チョコというより私が作ったのはマカロンとパウンドケーキです。それぞれどちらもラッピングし、水色の袋に入れました」


(水色……なんかどこかで……)


 あっ、あの時だ。4組から出てきた俺とぶつかりそうになった男子が水色の袋を持っていたような気がする。確か、その水色の袋にはリボンがあった。


「七瀬、その袋にリボンをつけてたりするか?」


「えぇ、黄色のリボンをつけました」


「わかった。俺が今から言う特徴でクラスメイトの誰であるか七瀬がピンとくるかわからんが、言うぞ」


 俺はあの時、ぶつかりそうになった男子の特徴を彼女に全て伝えた。すると、彼女はわかったのかハッとした。


「宮崎くんですね」


「ってことはそいつがことりんのチョコを盗んだってこと? 絶対許せない! 今からその宮崎っていう人のところに行って返してもらおう!」


 千夏も俺と一緒でその宮崎という奴に対して怒りの感情が沸いていた。


 確かに宮崎のところへ行ったらチョコがどこにあるかわかるかもしれないが、俺は嫌な結末を想像してしまった。


「ちょっと待て。晴斗」


「ん?」


 俺は晴斗にある場所に千夏と行ってほしいと頼んだ。


「了解。千夏、行こうか」


「えっ、どこに?」


 千夏はよくわからないままに晴斗と共にこの場を立ち去った。


「じゃ、俺達は宮崎に聞きに行くか」


「そうですね、宮崎くんはサッカー部だったはずです。となると───」


(サッカー部、つまりグランドか)





***





「宮崎か?」


 七瀬の言う通りグランドへ行くと丁度休憩時間で休んでいる宮崎を見つけて声をかけた。


「えっ、あっ、そうだけど……」


 宮崎は俺の隣にいる七瀬を見るなり、焦りが見られた。


「今日、水色の袋を持って教室から飛び出してきたよな? その袋、七瀬のものじゃないのか?」


 俺が知っているのは七瀬が用意した袋の特徴とそれと似た特徴の袋をこの宮崎が持っていたということだけ。


 偶然似ているだけで宮崎が犯人だとは言いきれないところがある。


「ふ、袋? 俺はそんなの持ってないよ。見間違いじゃないか?」


「見間違い……昼休みに俺とぶつかりそうになったのは覚えているか?」


「あぁ……覚えてるよ」


「その時、何も持っていなかったのか? 七瀬の水色の袋にはバレンタインのために用意したものが入っていた」


 見られていることがわかった瞬間、宮崎は俺から目をそらした。


「宮崎くん、本当に何も持っていなかったのですか?」


 俺が聞いても相手は嘘をつくので七瀬が変わりに聞いた。


「俺はマカロンが入った袋なんて持ってない」


 俺が聞いても答えないのに好きな人から聞かれたら答えるのかよ。


「マカロン? 俺は一言もマカロンとは言っていないが……」


「あっ……」


 一刻も早くこの場から離れたくてつい言ってしまったのだろう。





         

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る