第21話 変わらないようで

 雨が降っていたあるの日、私のところに彼は傘を持って現れた。


────『七瀬?』


 そう私の名前を呼んだのは立川弘輝くんだ。彼を見て、最初は同じ委員会の人だということしか思わなかった。


 けど、彼の家から出た後、私はあることを思い出した。


(もしかして……)


「弘輝くん……」








***





 ショッピングモールで4人楽しんだ後、千夏と晴斗はまだ帰らないらしく俺と七瀬は、電車で先に帰ることになった。


 電車のイスがちょうど2つ横並びで空いていたので俺と七瀬はそこに座った。


 横並びで座るといつもより七瀬が近いところにいる。少し間が空いているが、俺は平常心でいられるわけがなかった。


 静かだと余計意識してしまう。なら、ここは何か話そう。


「ななっ───!?」


 話しかけようとしたその時、俺の肩に七瀬がもたれ掛かってきた。


(寝てる……楽しくて疲れたということだろうか)


 まぁ、今日1日、ずっと楽しそうにしていたもんな。隣で見ていて俺まで幸せな気持ちになっていた。


 隣を見るとすうすうと寝息を立てて幸せそうに寝ている七瀬がいた。


 さらさらした髪に長くて綺麗なまつげ。そして吸い込まれるような……って、ダメだろ。寝顔をじっと見ていては変な奴だと思われる。


 彼女から目を離し、前を向くと彼女は寝ながらふふっと笑っていた。


(何かいい夢でも見ているのだろうか)


「こうきくん……」


(弘輝という人が夢の中にでもでてきたのだろう)


 弘輝……って俺の名前? いやいや、『ひ』が聞こえなかっただけで彼女は飛行機と言ったんだ。


 七瀬は、俺のことを立川と呼ぶ。だから弘輝とは言っていない。


(さて、そろそろ起こさないとな……)


 後1駅もすれば電車から降りなければならない。寝かせてあげたいが、置いていくわけには行かない。


「七瀬、もうすぐつくぞ」


 肩を優しく掴み、ゆさゆさと揺らしてみる。


「んん……立川くんにゆさゆさされている気がします」


 ほわ~んとした表情で彼女はまだ夢の中にいた。起きる様子はなし。


「七瀬さんや、気がするじゃなくてゆさゆさしてますよ……」


「ふふっ、もう立川くんったら」


 何か俺が冗談言っているみたいになっているが、俺は冗談は1つも言っていない。


「ほら、ついたぞ」

「へへへ~、立川くんが私を連れていってくれてます」


 寝ぼけてるのか起きてるのかもうわからん。取り敢えず、歩けているので電車から降りよう。


「七瀬、起きてるか?」


 1人で歩かせたら危ないので改札口を通った後からは手を繋いでおいた。


「起きてます! ところで今はどの駅ですか?」


「寝ぼけてるじゃないか」


「冗談です。私はちゃんと……手……」


 七瀬は、今更だが、俺と手を繋いでいることに気付いた。


「手を繋いでいないとどこか行きそうだったからな」


 決して手を繋ぎたかったわけではない。こうしていないと七瀬が迷子になるかもしれないと思ったからだ。


「ふふっ、では、途中までこうしていてもよろしいですか?」


 手を繋ぐことが嬉しいのか彼女は、ニコニコしながら俺に尋ねた。


「あぁ……。家まで送ろうか?」


「よろしいのですか!?」


「外も暗いしな」


「ありがとうございます」


 もうこれ付き合ってるやつだろ。彼女は俺のこと友達として……ん?


 木があるこの道。雪が降ったクリスマス、七瀬と歩いた道だ。


 確かあの時、彼女はこう言った。「昔、一度ここから花火を見たんです」と。


 小さい頃の話だから俺はすっかり忘れていた。この場所で俺も花火を見たことがある。それも同い年っぽい女の子と。




─────5年前




 家族で来ていた花火大会。だが、俺ははぐれてしまいこの場所にいた。


 連絡する手段がない俺は取り敢えず動かず木がある下に座っていた。


(どうしよう……)


 人混みの中歩くのは疲れる。ここにいれば家族の誰かが探して偶然見つけてくれる。そう思った俺は始まってしまった花火を一人で見ていた。


「あなたも一人で花火を見るのですか?」


「!?」


 花火に夢中で気付かなかったが、隣に同い年ぐらいのショートカットの女子がいた。


「実は私も1人なんです。一緒に見ましょう」


「……」


 こちらは承諾していない。だが、彼女は隣に座って花火を見ていた。


「お前も迷子か?」


「お前……私には琴梨という名前があります。あなたの名前は?」


「弘輝……」


「弘輝くん、私は迷子ではありません。こっそり家から抜け出して花火を見に来ました」


「悪い子だな」


「そうです、私、悪い子なんです!」


 そう言って笑う彼女。面白くはないが、そうやって笑う彼女がおかしいとは思わなかった。


「親は、私のことを何とも思わないので悪い子になっても大丈夫です!」


(何を根拠に……)


「何とも思わない親なんていないんじゃないか? 俺は琴梨が見つけてほしくてここに来たように思える」


「……そう、なんですかね……」


 彼女がそう呟くと後ろから声がした。


「琴梨!」

「お母さん!」


 どうやらお迎えが来たらしい。良かったな、急に声をかけてきた琴梨さんよ。


「もう心配したじゃない」

「ご、ごめんなさい……」


 彼女はお母さんと帰ってしまい、その後、俺もお母さんに見つけてもらった。






***







「あっ、思い出した……」


 俺がそう呟くと隣にいる彼女は、小さく首をかしげて不思議そうにこちらを見た。


「どうかしましたか?」


「琴梨か……」


 彼女の名前を顔を見て言うと七瀬は、顔を真っ赤にした。


「ど、どうしたんですか? 急に下の名前で」


「いや、ごめん。5年前、この辺りで家から抜け出した悪い人がいたんだよ」


「おっ、思い出しましたか!?」


 七瀬は、パッと表情が明るくなり、こちらを見てニコニコと笑う。


「あぁ、あの時の髪の長さとか違いすぎて思い出すのに時間がかかった。七瀬は俺と会ったことがあると覚えていたのか?」


「いえ、あの雨が降っていた日の夜に気付きました。立川くんは以前お会いしたような気がする、けど、どこで会ったかはわからないみたいな状態でした」


 5年前となると小学5年生か。急に話しかけてきて不思議な人と印象があったので思い出せた。


「私、思い出したときにすぐに立川くんに言おうとしたんですけど、せっかくなら思い出してほしいと思いまして。私、たくさんアピールしてました」


「アピール……」


 していたのか? まぁ、確かに時々気になる発言はしていたが……。


「思い出してくれて嬉しいです、立川くん」


 それにしても5年前と変わらないようで……。









     

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