第8話 お姉さんに甘えてもいいんだよ

 あの日から七瀬とお昼を一緒に食べることが当たり前になりつつある。そして、今日は、中庭で食べるのは寒く限界がきたので食堂で食べることになった。


「今日は、いらっしゃらないのですね」


 向かい側に座る七瀬は、晴斗と千夏がいないことに気付いた。今日、あの2人は、2人だけで食べるそうで別々だ。


「2人は、教室で食べるとさ」

「そうですか。では、今日は立川くんとたくさん話せますね」

「そ、そうだな……」


 ニコッと微笑む天使のような笑みに俺はドキッとしてしまう。あんなことを言われて嬉しくない男子はおそらくいないだろう。


「今日のお弁当はこちらです。からあげを入れました」

「ありがと。今日も美味しそう」


 お弁当を受け取り、さっそく蓋を開けると彼女が言っていた通り、からあげが入っていた。


「「いただきます」」

 

 手を合わせ、食べている中、七瀬は何かを気にしているのか辺りを見回していた。何を探しているのだろうか。


「どうかしたか?」

「……えっと、いろんな方に見られている気がして。自意識過剰なのかもしれませんが……」


 確かに七瀬の言う通り視線が気になる。今までは晴斗と千夏がいたが今日は2人。視線を感じるのはおそらくあの聖女様と俺が、二人っきりで食べているからだろう。


 周りから付き合ってるのかとか七瀬と一緒にいる奴は誰だよと声が聞こえてくる。


「噂されてますね……。立川くんみたいなカッコいい方といるので羨ましいと思われてるのでしょうか」


 七瀬は、コソッと俺だけ聞こえるようそう言ってくる。


「えっ……?」


 いや、逆じゃないですかね。俺じゃなくて七瀬がいるから視線がこちらに来ていると俺は思う。

  

 間違っているので違うと言おうとしたその時、彼女は、両手を口に当てて小さく笑った。


「ふふっ、今は私と立川くんの二人っきりの特別な時間なので私が独占しちゃいます」


 独占って、どちらかというと俺が七瀬を独占しているような気がするけど……。


「ところで星宮先輩とはどういう知り合いなんですか?」

「なこさんとは親戚でバイトの先輩。なこさんに変なことされなかった?」


「変なこと……帰りの際にぎゅーと抱きしめられました。星宮先輩のぎゅーは何だかお母さんに抱きしめられた感じがして安心しますね」


 安心……俺はなぜか頭を撫でて安心したと言われたときのことを思い出し、それとなこさんのぎゅーはどちらがいいのか尋ねたくなった。  


(何、なこさんと争おうとしてるんだよ……)

      

「そうなんだ。なこさん、たまに───」

「あっ、七瀬さん! 昨日ぶりだね。うわぁ~美味しそうなお弁当。自分で作ったの?」


 突然現れたなこさんは、七瀬の隣に座った。


「はい、自分で……お母さんは忙しいのでお弁当は毎朝自分で作ってます」


「偉いな~お姉さんが撫で撫でしてあげよう」


 そう言ってなこさんが彼女の頭を撫でようとしていたので俺は反射的になこさんの腕を優しく掴んだ。


「弘輝くん? あら、もしかして弘輝くんもお姉さんに撫でられたいの?」

「い、いや、そうじゃなくて……」


 俺にもわからない。なぜなこさんの腕を掴んだのか。


「も~、もっとお姉さんに甘えてもいいんだよ」


 そう言ってなこさんは俺の頭を撫でてくる。なこさんは昔から変わらず俺を子供扱いしているような気がする。


「恥ずかしいのでやめてください……」

「え~、嬉しいくせに~」


 ニヤニヤしながらなこさんはこちらを見てくる。すると、救世主は現れた。


「なこちゃんがまた後輩にダル絡みしてる。ごめんね~立川。この子連れていくから」


 そう言って現れた救世主は副会長である宵谷心愛よいたにこあ。彼女となこさんは中学からの付き合いでとても仲がいいそうだ。


「助かります、宵谷先輩」

「あっ、ひどい!」


 宵谷先輩はなこ先輩の手を引っ張り「行くよ」と言いながら彼女を連れていくのだった。


「面白い先輩ですね」

「面白いというより不思議じゃないかな?」


 宵谷先輩はともかくなこさんは特に……。




***




「やっほ~立川。お昼振りだね」


 七瀬に誘われ、一緒に帰ろうとしていると編み込みお団子ヘアがトレードマークの宵谷先輩に声をかけられた。


「あっ、聖女様もいる」


 宵谷先輩がそう言って七瀬のことに気付くと七瀬は少し嫌そうな顔をしていた。それに気付いた宵谷先輩はハッとした。


「ごめん、もしかしてそう呼ばれるの嫌だった?」

「い、いえ……呼ばないでくださいとは言いませんが、私はそう呼ばれることがあまり好きではありません」

「んーそっか、じゃあ、七瀬ちゃんでいい?」

「はい、そちらの方がいいです」


 彼女が『聖女』と呼ばれることが嫌とは知らなかった。まぁ、周りが勝手につけた名前だしな。


「あっ、自己紹介してなかったね。副会長やってる2年の宵谷心愛。立川は中学の時の部活の後輩。あっ、ちなみに部活はバスケ部ね」


「バスケ部ですか……」


 七瀬は、興味津々に宵谷先輩の話を聞いていた。


「あっ、立川のこともっと知りたかったら私が何でも教えてあげるよ。例えば中学の時、大遅刻して先輩に────」

「よ、宵谷先輩! それは黒歴史に近いんで七瀬に話さないでください!」

「え~面白いのに。七瀬ちゃん、聞きたいよね?」

「き、聞きたいです……けど、立川くんが話したくないもの、話されたくないものであれば我慢します」


 そう言った七瀬はチラッと俺の方を向いたので俺はありがとうと言う。


「いい子だね、七瀬ちゃんは。じゃ、2人の邪魔しちゃ悪いし私はここで。じゃね、立川、七瀬ちゃん」


 手をヒラヒラと振り、宵谷先輩は2年の教室がある階に行ってしまった。






        

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