マッド・ブラッシュ その2

 将校たちが発した命令は絶対で、私たちはそれに逆らうことはできない。宇宙船は一つしかなく、そこで生活することが当たり前な私たちにとっては、広大が惑星があったとしても、逃げるなんてことは考えられなかった。


 それに何より、仲間が殺されたのはまぎれもない事実で、彼らに攻撃するのを受け入れられない兵士は一人だっていなかった。……むしろ、敵に対する怒りで呆然とする兵士が増えたくらいだった。


 前よりも熱心に、私たちは探索を行う。それまでは、高周波ブレードを手にしていたが、今では銃を手にし、赤い森に潜んでいるであろう敵へ銃口は向けられていた。


 ひとたび戦闘が開始すると、敵の場所はすぐに分かった。敵は、高周波ブレードが発する甲高い音や、光線銃特有の甲高い銃声や私たちの言葉を聞きつけてやってくるらしい。そうとわかれば、わざと音を立て、待ち構えるだけでよかった。


 光に吸い寄せられる蛾のように、昼夜問わず原始人たちはやってきて、光線銃の餌食となった。


 私たちは引き金を引き続けるだけでよかった。光線はのを山を川をも超えて飛び、槍を掲げて吶喊してくる敵に風穴を開けた。


 動く敵がいなくなったとき、戦場となった場所には死体の山がいたるところにできていた。


 それを見ても、私たちは喜びもしないし悲しみもしなかった。


 ただ、銃身が焼き付くまで、あるいは敵が来なくなるまで撃ち続けただけだった。


 改めて考えてみると、機械みたいではないか。だが、脳にチップを埋め込まれただけの私たちは、決してロボットなんかではない。昼夜問わず働けないので、私たち第六小隊は、後方で休憩を取ることとなった。


 大きな戦闘が小休止となったとはいえ、敵の本拠地をつぶしたというわけではない。そもそも敵がどのくらいいるのかもわからないわけで、戦争がどのくらい続くのかもわからない。後方とはいっても、気は抜けず、眠りにつく際に、見張りを立てることとなった。


 じゃんけんの結果、キイが最初の見張りをすることとなった。


 焚火の前に腰を下ろし、あくびをするキイはかなり心配ではあったが、私たちも一週間は働きづめで疲弊していた。BSTを操作し、化学物質の力を借りて、深い眠りへとつく。


 次に目を覚ました時には、状況は一変していた。


 見張りの交代のタイミングで目覚めた私は、木の幹に縛り付けられていた。


 横を見れば、顔を紫色に腫れ上がらせた部下の姿があった。マネキンのようにピクリとも動かない彼に、思わず声が出た。声だけではなく、いくらか尿を漏らしていたかもしれない。あまりにもショッキング過ぎて、ほとんど覚えていないのだ。


 だが、はっきり覚えていることがある。


 私が声を上げたことで、縛り付けたやつら――原始人が、私が目覚めたことに気が付いたらしく、近づいてくる。そしてなぜか、私を縛り付けていた強靭なツタを、取り出した石のナイフで切り落とした。


 もじゃもじゃの体毛に覆われた顔を見上げると、顎でしゃくるような動作を行った。そちらを見れば、キイが、先ほどまでの私と同じく、磔にされていた。硬いツタが肌に食いこむのも気にせず、拘束を何とかほどこうともがいている。必死な彼は、私には全く気がついていない。


 呼びかけようと思って口を開いたが、言葉が出なかった。恐怖に駆られていたか、原始人たちによるものなのか。


 なんとか気づいてもらおうと腕を大きく振ってみたがダメだった。


 キイの視線が、近づいてくる原始人の一人に吸い寄せられていったからだ。そいつの手には、どす黒く変色した槍が握られていたが、なにより気になったのは、着ているものだ。そのどれもが華麗であり、絢爛であり、威圧的でもあった。何か、位の高い存在だろうと考えられた。しかし、握られている槍は禍々しく、物騒だ。


 槍を、キイはじっと見つめていた。ゆっくりゆっくりと槍の穂先が上がっていって――。


 腕に槍が突き刺さる。グローブの下の肉を食い破り、血が流れだす。絶叫。真っ赤な血が、槍を伝って地面へと落ちる。


 そして、原始人たちの歓声。言葉がわからずとも、この場にいるあいつらが、喜んでいること、これ以上のことを望んているのが、ありありとわかった。その中で、槍を持つ原始人だけが、厳かに槍を抜いている。その姿は、処刑人を思わせた。


 引き抜いた槍が、逆の手へと突き刺す。苦痛ににじんだ叫び声が、裂けんばかりに開かれた口からほとばしり、広場に響く。


 体に槍が刺されていくたびに、歓喜の声が上がる。祭りのような騒がしさだった。彼らにとっては一大イベントだったかもしれないが、私とキイからすれば、地獄だった。


 キイは見せしめとして、いたぶられている。処刑人はキイを殺さないように苦痛を与え、観客は喜ぶ。


 私は何のために、拘束を解かれたのか。


 原始人は何を求めているのだ。


 原始人の歓声は、次第に大きくなっていく。いや、悲鳴がだんだんと小さくなっていた。


 キイの瞳が、私を向いた。


 たすけて。


 その瞳が大きく広がったかと思えば、そこに輝く訴えは一瞬で消え、頭がだらりと下がる。全身が弛緩し、その身に宿っていた命が多量の血とショックによって失われてしまったことは明らかだった。


 割れんばかりの歓声。原始人は感極まったように飛び跳ね、地面を揺らす。


 そこには、死んだキイに対するあざけりと、怒りとが多分に含まれていた。


 あいつらの怒り、憎しみのはけ口。


 そのための拷問。


 怒りがこみあげてくる。視界が真っ赤に染まる。


 原始人たちは、今や私にも侮蔑の言葉を投げつけている。言葉はわからずとも、ヤジのようなもてはやすようなコールを聞けば、誰だってすぐに理解できる。


 私の足元へ、槍が突き刺さる。飛んできた方を見れば、頑強そうな男たちが、嘲笑するような笑みを浮かべていた。


 武器を取れ、ということらしい。


 私の怒りを散々あおるだけあおって、その私もまた、いたぶり、おもちゃのように殺すつもりらしい。


 人のやることではない。


 私の怒りは許容値を超え、そして――沈静化された。


 それまで騒がしかった世界が静寂を取り戻す。


 取り囲むようにいた原始人たちが、静かになっていた。その顔には、驚きと深い失望の色が見て取れる。


 どうやら、あいつらの望み通りにはことは進まなかったらしい。


 私はキイを一瞥する。力を失った彼の小さな体は動かない。二度と動かないモノと化した。


 槍を引き抜き、私は構える。


 私の頭は、ここをどうやって切り抜けるか、それだけを考えていた。



 そこから先のことはあまり覚えていない。


 救出された時、私は原始人の血だまりの中で呆然と立ち尽くしていたらしい。そこには無数の死体があり、どれも槍に貫かれていた。……私がやったのだろうが、どうにも覚えがない。恐らく、一種のランナーズハイのような状態になっていたのではないか、と医者が教えてくれた。


 捜索隊によれば、私の小隊は、夜に襲撃を受けたそうだ。それも比較的早い時間に。キイが居眠りを起こしたのか、ほかの隊員だったのか。起きていたがどうすることもできなかったのか、それは今となってはわからない。無残にも殺された死体の中に、私とキイの姿はなく、それで捜索隊が結成された。


 助けられたのは、私だけ。


 私だけが生き残った。


 私は、タカマノハラへと運搬された。隊長は解任され、後方勤務になった。これには休養のためというのもあるし、私の指揮能力に問題があったのではないか、という声があったためである。先ほども言った通り、見張りに問題があったのかもしれなかったが、それを含めて、隊長の責任だ。そこに異存はなく、怒りがこみあげてくることもない。


 この一件があってから、上層部は会議を行った。


 それによって、タカマノハラの主砲の使用が決定した。


 これには様々な憶測が横行しているが、ゲリラ戦の様相を呈してしまうのを恐れた結果、圧倒的武力を見せつけるために行われる、というのが主流である。


 二二〇〇。二つの恒星が両方とも惑星の向こうに消え、訪れた短い闇の中で、タカマノハラ前方のエネルギー射出口がゆっくりと開く。機関部と直結したエネルギーパイプを通り、射出口から高濃度のエネルギー体がほとばしる。遠い昔のコミックに影響を受けたという主砲は、小さな小惑星くらいなら容易く破壊することができた。


 その様を、ベッドから動けなかった私は見ていない。ただ、原始人たちは神の一撃だとかなんとか言っていたらしい。


 元気になった後に、主砲が放たれた場所を見たのだが、木々は消し飛び、地面は地平線の彼方まで半円状にえぐれていた。


 たった一発の主砲によって、一年間の戦争はあっけなく終わりを迎えた。




 捕虜となった原始人へ行われる処置を祝福と呼び始めたのは、ほかでもない彼らだった。彼らは私たちのことを神様とかなんとか崇め奉るようになり、これには将校らもまんざらでもない様子であったが、それはさておき。


 祝福とは、脳へBSTを埋め込む外科手術のことだ。


 彼らは私たちと同じ処置を施されて、怒りをはじめとした感情を制御されることになったのだ。彼らが襲い掛かってきたのは、恐怖によるものだろうし、キイを執拗に虐殺したのは、怒りや憎しみによるものだった。そんなものがあっては、一緒に生活などできようもない。そう考えたのだ。


 だがしかしそれでいいのだろうか。


 彼らの怒り、彼らの憎しみ、彼らの喜び。


 それらは決していいものではないだろう。それによって、部下が、キイが殺されてしまったのはまぎれもない事実なのだから。


 だが、だがだ。

 

 原始人たちの顔はまぎれもなく、生き生きとしていた。生に満ち溢れていた。


 翻って、窓に映る私の顔はどうだ。機械のように感情がないではないか!


 彼らと比べたら、私たちは死んでいる。いやもう彼もまた……。


 窓の外へと視線を戻せば、宇宙船から男が出てくるところだった。


 その姿は、私たちのそれと何ら変わりがなかったが、裸で装備を身に着けてはいない。全身を覆う体毛も、首からぶら下げた悪趣味な装飾品も、鋭い槍もない。


 私たちと同じ存在に成り果てた男がそこにはいた。

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