第37話 やばい遊園地に渦巻く信念(水原蒼視点)

 遊園地の最寄り駅は、休日だってのに人の気配がまるでなかった。


 今、改札を出たすぐのところに突っ立って志津香の到着を待つ。


 待ち合わせ時間より早く着いてしまったのは、もちろん彼女とのデートを待ちきれなかったからだ。


 駅構内には、遊園地のポスターがありとあらゆる場所に張り出さており、遊園地を推しまっくているのが伺えた。


 だが、実際に駅にいるのはポツンと俺一人。


 その光景が成戸さんの、言葉を更に印象深いものにする。


『その遊園地。カップルが必ず別れるって有名な遊園地よ』


 さらに効果発動!


 俺は脳内からおやじと紗奈の発言を思い出す。


『蒼。その遊園地行くの? まさか志津香ちゃんじゃないよね? その遊園地、男女で行くと不仲になるって聞いたけど』

『兄さん。まさか志津香ちゃんじゃないよね? その遊園地にいくら幼馴染といえと一緒に行くと縁切れちゃうよ? 縁切りたいの?』


「ぐはっ!」


 セルフ妄想でボッコボコにされてしまい、勝手に倒れ込んでしまう。


 大丈夫、周りに人はおろか駅員さんもいないから怪しい目で見るやつはいない。


 そんなことよりも……。


 とうとうこの日が来てしまった。


 幼馴染としての関係に終止符を打たれてしまい、恋人にもなっていないってのに別れを告げられる。


 なら、こんな遠回りなんてせずに、スッと言えや。なんて思うが、そこは長年の付き合いもあるので、最後の思い出みたいな感じなのだろう。


 こうなったらやけくそだ。


 逆に告ってやらぁ。どちくしょうがっ!


 ここに男の誓いを立てて立ち上がる。


「蒼」


 誰もいない駅に響き渡る志津香の声に反応すると、ちょっと駆け足でやってくる。


「お待たせ」


 白のブラウスにショートパンツの志津香はシンプルながら彼女のスタイルを象徴してくれる。


 特に脚。


 脚が非常にセクシーで、本当に同い年か? と疑ってしまうレベルで綺麗だ。


 こんな生足を俺に見してくれるなんて……。


 まさか、今日で終わりだから出血大サービスとか?


 ふざけんな。これからも堪能するわ、どちくしょうが。


「蒼?」


 身長の高い志津香だが、それでも俺よりかは低い。そんな彼女の上目遣いは破壊力抜群で、今にも告白しそうになった。


 その思いをグッと堪えてみせた。


「ん?」

「どうかした? ボーっとして」

「別にボーっとなんてしてねぇよ」

「もしかして、私の私服姿に見惚れてた?」

「ああ」


 終わりになんかさせないためにも、素直な気持ちを伝える。


 しかし、相手はこっちの気なんて知ったこっちゃないと言わんばかりの余裕のあるクールな笑み。


 どちくしょうがっ。俺の声なんて響かないってか、こんちくしょー。


「生脚出して誘惑してると思ったわ」

「ゆっ!?」


 バッ自分の脚を見てちょっと恥じらった顔をする。


 俺だけこんな気持ちになるのが悔しかったから、そのクールな笑みを崩せただけでもヨシとしよう。


 そんなことを思っていると、すぐにクールな笑みに切り替えて脚をなぞるような仕草をしてみせる。


「誘惑に乗ってみる?」

「……」


 この子、そんなこと言う子じゃない。

 え、なんなの、まじで今日で関係を終わらしにかかってんの?


 辛すぎるのだが……。


「さ、さぁ、とっとと遊園地に行こうぜ」

「ええ!?」


 流石の志津香も、キャラ崩壊の行動を無視されて驚きのリアクションをしてやがる。


 よしよし、クール以外のリアクションが見れれば御の字なのよ。


 スタスタと先を歩くと、「待ってよ」と言って、スッと隣を歩いてくれる。


 あー、やっぱり志津香が隣を歩くのは良いよな。







「……ここ?」


 遊園地に到着した俺は、指差してなんとも言えない声で志津香に尋ねた。


「ここ、みたいだね」


 志津香も流石にここまで予想はしてなかったのか、なんとも言えない声で答えてくれる。


 それというのも、遊園地が全体的に暗い。


 お日様サンサンのお出かけ日和だってのに、なんでこんな暗く感じるのか。


 全体的に色褪せているからか?


 客は俺達以外に見当たらず、そこら辺をマスコットキャラの、犬なのかウーパールーパーなのかヌーなのかわからない生物が前屈みで歩いていた。


「あ、ども」とか、普通におっさんの声聞こえてくるんだけど……。


 うわー、こんなところに誘うとか完全に縁を断ち切ろうとしてるやん。


 チラッと志津香を見ると、流石にやりすぎたって顔をしてる。限度ってあるもんね。


 いくら客がいなくて貸切状態だとしても、これはえぐい。


 ここにふたりっきりはえぐい。先程の男の信念が崩れそうになっちまう。


 ここで告白とかして良いの? やっぱり別れを切り出すところだよ、べらぼうめ。


「あら」


 絶望にうちひしがれていると、聞き覚えのある声が聞こえ、志津香とふたりで振り返る。


「やぁ。キミたちもデートかい?」

「成戸さん」

「横溝くん」


 互いの隣の席の奴等がお揃いでやって来て、こいつらはこんなところでなにをしとるんだとツッコミそうになったが、ブーメランなのでやめた。


 俺は志津香を見る。


 志津香も俺を見る。


 幼馴染だからこそ目を見てわかる。


「おー! ふたりとも!! 奇遇!!」

「一緒に! 一緒に回ろう! ね!」


 やはり志津香との意見は同じだったみたいだ。


 こんなところにふたりっきりは流石にえぐすぎるため、彼等の存在は今だけはありがたい。


「ええ!?」


 成戸さんが思ってたのと違うと言わんばかりのリアクションをしているが、横溝は爽やかに白い歯を光らせていた。


「そうだね! 美男美女は共にいるべきだ! みんなで回ろう!」

「「「おー!」」」


 成戸さん以外の三人は腕を上げてスタスタと歩み出す。


「ちょっと、水原くん。思ってたのと違うんですけど!」


 成戸さんに呼び止められてコソッと耳打ちされる。


「私はあんた達の邪魔するために来たんですけど。普通は、『お前ら邪魔だぞ』『そんなこと言って嬉しいくせに』ピトっからの陸奥さん『キイイ』の流れでしょ?」

「なんでそんなこと企ててんの?」

「そりゃあんたが私に素直に惚れないからでしょ。だからこんな面倒くさいことになってんだから、さっさと惚れなさい」

「そこまでして惚れさせたいのか?」

「全男子は私に惚れるべきなの」

「凄まじい信念だ」


 もはや呆れを通り越して感心してしまう。


「で?」


 横溝を指差す。


「俺を惚れさすためにわざわざあいつを呼んだのか?」

「ええ、そうよ」


 なんで自信満々に答えてんだか。


「横溝くんは可愛い子ならホイホイ付いてくるバカだから扱いやすいわ」


 横溝かわいそー。つか、志津香にも冷たくされてる。かわいそー。


「そういうわけで、思ってたのとは違うが、ここであんた達の邪魔してあげるから覚悟なさい」

「この遊園地が男女で行くと不仲になったり、別れたりするのを成戸さんから聞いた気がするが? わざわざ妨害いる?」


 聞くと、「ガッデム」と頭を抱えた。


「そうだわ。こんなもん、放置しとけば良かったんだわ。なにしてんの、私」


 ぶつぶつと反省しているように見えるが、切り替えたみたいで、ビシッと指差してくる。


「今に見てなさい! 今日であんたは私に惚れるわ! そして、あざやかにふってあげる」

「あんたはなにがしたいんだよ」


 謎の宣言をされてしまった。


 俺の信念と成戸さんの信念、そして志津香の信念が渦巻く廃れたやばい遊園地編、スタート。


 ちなみに横溝にはなんの信念もないっぽい。

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