第36話 トイレを守る翼竜(陸奥志津香視点)
トイレの鏡の前に立ち、自分の顔を見ながら先程の会話を思い出す。
♢
「それじゃ志津香。水原をトイレに呼び出して」
「「は?」」
私と一緒に困惑の声を出したのは千佳。とんでもないことを提案してくる友梨は自分がぶっ飛んだ発言をしていることを理解しているのかどうかわからない顔をしていた。
いや、この子のことだから多分、ぶっ飛んでないと思っているのだろう。
「男子は女子トイレ好きでしょ?」
「「は?」」
更なる深みへと私達は誘われた。
「だってAVにそんな企画──」
「わー! わー!」
友梨の発言の途中、千佳が大きな声を出す。
「AVってあれだよね! オーディオビジュアル機器だよね」
「違うよ。アダル──」
「映像や音声を扱うAV機器のことを指してんだよね! ね!」
千佳の圧力に友梨が押されてしまい、苦笑いで答える。
「そ、そうそう私、電気主任技術者一種を受けようと思ってるからね。ついAVとか言っちゃったよん」
この子は工業系女子かな? てか、それ、えげつないくらい難しい資格だからね。まじに。お父さんから聞いたけど。
いや、その試験にAV機器は出てくんの? 知らんけど、多分、出てこないんじゃない? 知らんけど。
「それじゃあ仕方ない! うん! 仕方ない! トイレに水原くんを呼ぶしかない」
「でしょー」
「いや、ちょ、え? なんでそうなるの?」
私の声は届かずに、千佳が友梨に耳打ちしていた。
「もう友梨。志津香はAVとか知らないんだから気をつけて」
「わりぃわりぃ。幼馴染と幼稚園みたいな恋愛してるくらいだもんな。志津香には刺激が強すぎたな」
「まったく、流れ的にトイレに呼び出すことになっちゃったじゃない」
「ま、旦那ならなんとかなるっしょ」
「言いくるめやすそうだよね」
「おーい、ふたりともー。聞こえてるぞー」
ていうか、AVくらい知ってるんですが。流石の私でも知識としてあるのですが、ばかにされてます?
私の声は無視されて、ふたりはビッと親指を立てる。
「水原くんをトイレに呼んで、遊園地に誘って」
「朗報を期待している」
ふたりはそそくさと去ってしまった。
「……くそ。チケットをもらったから安易に断れない」
♢
そこから蒼に電話をして待機状態。
はたしてあいつは来るのだろうか……。
「あ、すみません」
鏡の前を占領していたので、用を終えた女子生徒が手を洗いたそうにしていたので避ける。
彼女が出て行ったと同時に、「おい、志津香早く出て来い!」なんて蒼の声が聞こえてきた。
「いや、その通り過ぎてなにも言い返せない」
しかし、千佳と友梨の言いつけを守るため、私はここできみを待たなければならない。
私は、とらわれの姫……いや、といれの姫か。くそダサい姫だな、おい。
そんなくだらないことを考えていると予鈴が鳴り響く。
あれ? てか、これ、本鈴が鳴ってもここにいないといけないの?
ね、千佳、友梨、そこんとこどうなの?
私、こう見えてクール優等生で通ってるんだけど。無遅刻無欠席のスラムダンク志津香で名が馳せてるんだけども。今日も真面目に登校したのにトイレに閉じこもって遅刻とか、まじに、トイレ姫の汚名をきせられるんだけども?
そんな心配は杞憂に終わった。
「ぬああああああ!」
蒼の気合いの入った声が女子トイレに響き渡り、目の前に彼が現れた。
「はぁ……はぁ……。くそ……志津香。なんでトイレ……」
「待って」
まじに入って来たの? ちょっと待って、え、ちょっと待って。
これは、私の無茶振りに応えてくれて胸キュン案件?
それとも、理由はどうあれ女子トイレに入ってくる男子なんて変態で警察案件?
どっち? このパターンはどっち? 教えて! 童貞クークル先生!
ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出そうとしたところで、千佳と友梨がくれたチケットの感触。
「私はきっと、キミの顔を見たら素直に喋れないから……」
胸キュンか警察か判断できないので蒼の顔を見れないが、とりあえず蒼を遊園地に誘いたい気持ちは本物。
ここは仮で胸キュンってことにしておこう、そうしよう。
一旦、鏡越しで渡しとけ、私。
「今度の休み。遊園地、行こ」
「え……」
素っ頓狂な声が聞こえてくる。
そりゃいくら幼馴染でも、女子トイレで女子に遊園地に誘われるとかどんだけカオスなんだよって話。
ん? んん? あれ、これってもしかしてデレてるって思われる?
「じゃ、じゃ、また連絡するから!」
なんかそう思うと、急激に恥ずかしくなり、私はその場を脱兎のように逃げ出した。
♢
「おつかれさま」
「おつかれー」
女子トイレを出ると、千佳と友梨がお出迎え。
「うまくいった?」
「うん」
千佳の質問に頷くと、友梨が肩を組んでくる。
「良かった。な? やっぱ女子トイレだと素直になれるだろ?」
「そ、そだねー」
カオスだったけど、結果だけを見ればうまく誘えたこたになる、のかな?
ま、チケットは渡せたし、よしとしよう。
「よかった、よかった。じゃ、遅刻になる前に教室に戻ろ」
「そうだね」
「そういえば、ふたりはずっと私を待っててくれたの?」
なんだかんだで心配してくれてたのか、トイレの前にずっといてくれた。
ふたりは顔を見合わせて「ま、いっか」と謎の頷きをすると、私への質問に答える。
「そうそう」
「そりゃ志津香の結果をいち早く知りたかったからな」
「ふたりともー!」
ガシッとここに女の友情が芽生えた気がした。
通りすがりに、成戸さんに変な目で見られた気がするけど、そんなことは気にしない。
女の友情を糧に、遊園地で蒼との関係を変えてみせる!
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